青空と人生と 

青空と人生と 

40年以上オフコースファンのおばさんのブログです。
還暦過ぎても、心は今でも女の子。
オフコース無しでは、たぶん、生きていられなかったと思うほど。

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前回から、気がついてみれば、もう立春も過ぎて、寒い中にも日差しが柔らかく暖かく、春が近いことを感じる時節に、我ながらびっくり。
あっという間が、年々早すぎます。
私は、毎年同じ事を繰り返してるようですけどね。
そして、言い訳がましく言えば…寒いの、苦手なんです。
体も気持ちも、寒さの中では縮こまって、耐えている感じでしょうか。
人間も冬眠出来たらと、ファンヒーターの前から動けずにいます。
でも、暑い夏も苦手なんですよね…

「時に愛は」
これは、若い頃から、一つの絵のように、自分の中で情景が浮かぶ曲です。
手前に男性、奥にやや小さく女性の姿。
男性の視線は左斜め下に、女性の視線は、顔はこちらを向き、その男性に。
場所は、街中のような気もするし、海辺のような気もする。
そして、二人は若くはありません。

二人を包む空気感は、再会。
この時点まで、長い時間を一緒に過ごしてきた訳ではなく、時間的にも場所的にも隔たって、別々に生きてきた、そのあとの再会です。
再会は、出会った頃の二人を思い起こさせます。
あの頃、本当に愛していたはずなのに、どうしてか想いがお互いに届かなくなってしまっていた、そこに理由があれば、その「せい」にも出来るのに。
二人の間には、ただ時間が流れて、そしてお互いにそこで時をを止めてしまった、別れです。
だから、相手を想う気持ちは、自分で思ったよりも、残ったまま。
深い水の底に、または埋め火のように、そこにそのままあるのに、意識的に追いやった、そんな愛です。

絵面としては、30代後半くらいまでが、美しいのでしょうけど、過ぎた時間より残された時間の方が短い、そのことに気がつく世代の方が相応しいような気がします。
出会った頃の自分達に巡り会うのには、それなりの経験を積んだ年代が相応しいように思えるのです。
これは、私がそういう年齢になったからでしょうか?
いやいや、これは若い二人が10年くらい経って再会した時の感じだよ!
それも、もちろん分かります。
受け止める側の気持ちも、おのおのそれぞれ。
だけど、「あの頃より愛しているみたい」の部分のギターだけつま弾く、小田さんの「間」。
あの無言の部分に、過ぎた時間、自分のことを考える時間、そして相手のことを想う時間。
その静かな時間を、私は感じてしまうのです。

若い頃の、勢いのある、燃えさかるような愛ではなく、穏やかな暖炉の火のような包み込む愛。
だからこそ、「信じることにきめて」
彼女は、一生続く愛がそこに存在する、そのことを信じて、若かった自分達を懐かしく思いながらも、今を受け止めようとしてるのではないでしょうか。

先日、6月に大阪北部地震が起こり、半年延期になっていた小田さんのコンサートに行って来ました。
小田さんの姿には、声には、感動しかありません。
NHKの特集でもありましたが、いまだ日々の積み重ねを大切にしている小田さん。
「長生きして」と言われるようになったと話していましたが、心底そう思います。
いつまでも、あの声を、私達に届けて欲しい、
切なる願いです。
次はいつ?
みんなの願いは同じだと思います。

最後に、ひとつ。
「時に愛は」のラストの鈴木さんと松尾さんのギター。
そのメロディの掛け合いが、ライブでもレコード(今ではCDかな)でも、鳥肌が立つほど素晴らしい。
オフコース、再結成は望めないだろうけど、もう一度聴きたい、その気持ちは失くなることはありません。