青春の語源 | マヨラサーティーン 土方の始末書

青春の語源

ところで「青春」の語源は何だろうか?

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それは昔、中国で「春」の色を「青」としたことに由来する。

春夏秋冬の四季に、それぞれの色があるとして

「青春」「朱夏(しゅか)」「白秋(はくしゅう)」「玄冬(げんとう)」と呼んだ。


詩人の北原白秋は、この白秋です。

朱夏の朱は赤いこと。玄冬の玄は黒いということ。

それぞれ季節の感じがよく出ている。


人の一生で言えば、幼少年時代は玄冬。

万物が萌え出ずる春に備えて、大地の下にエネルギーを蓄えている。


そして、時来たり、青春の季節になれば、生命は一斉に「伸びよう!」「花開こう!」と動き始める。


英語の「Springスプリング(春)」も、バネのように「弾む」意味がある。

日本語の「春」も、内側から外にエネルギーが「張る」意味があるという。


「青春」を方角で言えば「東」で、太陽が出る方角です。

(朱夏は南、白秋は西、玄冬は北)

青春は太陽に顔を向けて生きるんです。

「伸びる季節」であるがゆえに、楽しさも大きいかわりに、苦しさも大きい。

青春は悩みの季節です。


だからこそ、苦しさから逃げてはいけない。

苦しみながら、悩みながら「太陽」を求め「太陽」に向かって進むんです、負けてはいけない。

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芽が出るには、種子の硬い殻と戦わなくてはならない。

青空のもとに芽を出すには、厚い大地を突き破らなくてはならない。

今の苦しみは、そのための苦しみです。

伸びているから悩みが絶えないんです。

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だから、苦しくても、つらくても、前へ進むことをやめてはいけない。

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そのように、何があっても「もっと成長しよう」「もっと大きな自分になろう」と頑張る心を「青春」というんです。

その心がある人は、年をとっても「青春」です。


その心をなくしたら、年が若くても老年です。

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