8、てめーらァァァ!!それでも銀魂ついてんのかァァァ!
こんばんは、マヨラ13です。
7月15日のブログで辞めようと思いましたが、まだこれからの大事な時期に伝えなければいけない事が多い。
個人的にも時間が厳しい時もありますが、何とか少しずつでも進めていきたい。
「鉄は熱いうちに打て」ですから、時間はどんどん過ぎて行く、止まるわけにはいかない。
これからの素晴らしい可能性、未来ある方たちへ伝えたい残したい、インターネットのブログという中でしかできない方法ですが、いつか役に立つときがくるだろうと思いを込めてやっていきたい。
あと、どれくらい続けられるかは分かりませんが、残り時間も頑張りますのでこれからも、よろしくお願いします。
皆、将来の夢はさまざまです。
「保育士になりたい」「歌手になりたい」「漫画家になりたい」「声優になりたい」「外交官になりたい」「プログラマーになりたい」「正義のジャーナリストになりたい」「福祉の仕事がしたい」「難民問題のために働きたい」「美容師になりたい」「教師になり、生徒が大きな夢と希望をもてるよう、力になりたい」などなど。
「将来を決めている」という人のなかにも、本気で取り組んでいる人もいれば、ただなんとなくそう思っているだけ、という人もいると思います。
その一方で「医師になれと言われているが、迷っている」「以前はフライト・アテンダントになりたかったたが、なれる自信がない」「学校にくる求人票で決めているので、選択の余地が無い」「一人っ子なので、家の仕事を継ぐべきか、悩んでいる」「とくに好きな事はないが、何かで有名になって目立ちたい」「いろいろな人に会うたびに、夢が変わる」
「自分が何になりたいか、わからなくて、あせってしまう」という相談も受けるんですが。
人生は長い。本当の勝負は四十代、五十代、六十代です。
青春時代は「学びの時代」「鍛えの時代」と思って、何にでも挑戦してみることだ。
だれにでも、自分にしかできない自分の使命がある。
しかし、その使命は、努力もしないで、いつかだれかが教えてくれるわけではない。
自分で見つけるのが根本です。
宝石だって、初めは鉱山の中に埋まっている。
掘り出す努力をしなければ埋まったままです。
掘り出してからも磨かなければ原石のままです。
それを埋めたまま一生を終わってはつまらない。
だから学校の先生や両親が「勉強しなさい」と言うのは、言いかえれば宝石を掘り出しなさい、磨きなさいと言っているんです。
今の点数だけで自分という人間を決めつけてはいけない。
暗記中心の勉強だけで測れるほど、人間は小さな山ではない。
とくに最近は「IQ(知能指数)」よりも「EQ(心の知能指数)」のほうが大事だ、などと論じられている。
知能テストだけでは測れない、人間としての思いやりとか、不屈の闘志とか、幅広い人間としての能力が大切だということです。
だから、十六歳や十八歳くらいの学校の成績だけで、その後の人生が決まるように思うのは、あまりにも愚かです。
人間の可能性は、そんなものではない。
問題は、周囲の風潮に流されて「自分は今、成績がこのくらいだから、こういう人間にしかなれない」と自分で決めつけてしまうことです。
そうしてしまうと、伸びる能力さえ伸びなくなってしまう。
宝石を掘り出す努力を自分でやめてしまえば、もう、それっきりです。これが一番怖い。
反対に、大学に入ったら、とたんに真剣な努力をしなくなる人もいる。
また有名な会社に入った、せっかく人に尽くせる職業である官僚になった、医師になった、弁護士になった…そのとたんに、人間として伸びなくなる人もいる。
「人に尽くしていこう」という心をなくす人も多い。
本当は、その時やっとスタートラインについたわけです。
そういう人は「何になるか」だけを考えていて「何をやるか」を考えていなかったのです。
「自分は成績が悪いからダメだ」と思うのも「自分はいい就職をしたから、もういいんだ」と思うのも、どちらも間違いで、人間は一生涯、自分自身の宝石を掘り出し、磨いていくべきです。
学校時代にはあまりパッとしなかった人が、社会に出てから、いろいろ経験をするうちに、今まで掘り当てていなかった自分の鉱脈を発見する例は無数にある。
だから就職は自分を発掘するための「スタート」であって、決して「ゴール」ではない。
あせる必要はない。あせらず、休まず、へこたれずに、大切な自分の一生の坂を上っていくんです。
将来の進路を、すでに決めている人は、執念をもって、目標へ突き進んでほしい。
中途半端はいけない。執念をもってやった場合には、かりに失敗しても悔いがない。
また、進路をまだ決めていない人は「今やるべきこと」に全力を注ぐことです。
そして真剣に考え、周囲ともよく相談し、もがきながら「自分の道」を見つけていくんです。










