夏休み満喫計画委員会2022♡9-1 | ケセラセラ、なんくるないさ日記帳

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その時のその時の思い感じたこと書き綴っております♪
最近はもっぱらダイエットや健康の趣向が高まってきちゃいましたねw

 

祭神は瀬織津姫命を祀るも奉祠年月日は明らかではありません。
慶安三年庚年九月之を再建、更に享保十九年甲年三月再度社殿の建替えをする。
古来月部落の産土神であると共に且また東栄町内東部々落一円の崇敬社としてかなり隆盛を極めた時あるも、その後、時代の変遷と共に月部落の産土神としての特色を持ち氏子よりひたすら崇敬されていた。
明治五年郷社に列しその后、明治四十二年四月七日村社熊野神社の所在地である現在地に移転され村社熊野神社と合祀して、社名を槻神社と称しその后、大正四年十一月大正天皇御大礼の砌、記念事業として本殿並に拝殿を改め改築、その後更に再々の改築、改修を経て現在に及ぶ。

満を持して槻神社へ
石川県や静岡県での瀬織津姫さまは今年の夏は参拝できませぬが、ならば愛知の奥三河💪





槻神社の周辺、東栄町の集落にはたくさんの神社があるんですね~🤔

花祭の有名なこの地ですから
修験者による宗教的・思想的なものが祭りや神社となって継承されるのを感じたいですね♪


 

花祭(はなまつり)は、愛知県北設楽郡等に伝承される霜月神楽の総称である。重要無形民俗文化財(北設楽郡のみ)。700年以上にわたって継承されている神事芸能で[1]、清めと湯立てのほか、少年の舞、青年の舞、巨大な鬼面を付けた鬼の舞、等が夜通し行われる。
伊勢流神楽(湯立神楽)の流れを汲むとされるが、仏教修験道修正会浄土思想に由来するとも考えられ詳細は不明である。「花祭」の呼称も灌仏会とは無関係で、浄土への転生願望から生まれたものとされるが詳細は不明である。地元の人々は「花祭」を単に「花(はな)」と呼ぶ[2]。明治以降、神仏分離に伴い、仏教色が排除された集落もある。中設楽、河内、間黒、坂宇場地区である。神道形式の「花祭」を「神道花」(しんとうばな)。従来通りの形式ものを「仏花」(ぶつばな)と呼び現在に至る[3]。「てーほへてほへ」の掛け声、「寒い、煙い、眠い」と呼ばれるのが特徴である。
花祭の花とは、かつては穀物の花ともされたが、近年の研究によれば新しい生命を象徴するものであるとされる[4]