平凡に生きようとしながら、平凡に生きられない人がいる。
特別であろうともがきながら、凡人のまま生きるしか術のない人がいる。
あたり前の生活を、幸せだと感じられない人もいれば、それすら手にできない人がいる。
母親の作るぬか漬けのきゅうりが一番好き、と言える人が愛おしい。
誰もがみんな、高級和牛カルビや一貫2000円の大トロになれるわけではない。
それでも与えられた環境の中で、それぞれがそれぞれの日常を生きていく。
絶望的な日常をおくる人が、明け方の4時にボクに電話をしてくる。
ボクは、こんなボクを頼ってくれることがうれしい、と伝える。
酔いどれの凍えた裏通りでボクを思いだしてくれたことが、素直に嬉しいと感謝する。
逃げたくても逃げきれない、そんな絶望を、あなたはボクに吐きだす。
ちゃんとわかってるんだよね?
おんなじだって。
ボクも、あなたとおんなじなんですよ。
どうやらボクらはみんなひとりで生まれてきて、ひとりで死んでいくみたいだ。
いろんな付録が付けば付くほどに、人はそれに執着する。
いや、執着、という表現はよくないか。それに、付録、という表現も。
みんな自分が生み出したものを背負って、生きていくんだよね。
あなたは、悲惨な日常から逃げながら、でも本当は感謝もしている。
毎日繰り返される夫からの暴力に虐げられながら、子供という宝があることに希望を見出している。
あたりまえに、生きたい。
あなたは受話器越しに、何度もそうつぶやいて、泣いた。
ボクは受話器越しに、そっとあなたを抱きしめて、背中をなでた。
ボクは、腐りかけた幸せという布団に包まれながら。
あなたは野良猫がのそのそと歩きまわる、凍えた明け方の路地裏で。
誰にも理解されない、と思ってはいけない。
それでもいいから生きていこうとする姿こそが美しい。
静かに空が明るくなって、あなたはまた絶望的な日常に帰っていく。
陽がさすことのない路地裏にも、時として花は咲く。