島巡り 津堅島の記録...
2023.4.19-20
𓂃𓈒𓏸𓐍𓏸𓈒𓇼🥕
Tururururururu............
Tururururururu............
ぷちっ
おじぃ: ・・・・・・・・・・・・。
ワタシ: ・・・・・・・・・・・・?
おじぃ: ・・・・・はぃ・・・・
ワタシ: (アレ?間違った?) 「こんにちは...。」
おじぃ: はぃこんにちは。
(シーン)
ワタシ: あの.....宿泊の予約.........?
おじぃ: いつぅ?
ワタシ: 19日
おじぃ: キマリィ?
ワタシ: はい?
おじぃ: キメタノォ??
ワタシ: (決まってるかって事?)「...はぃ....」
おじぃ: いくらか知ってるぅ?
ワタシ: はい!2食付き5000円?
おじぃ: ナンジ―?
ワタシ: (時間??)「決まってないです...」
おじぃ: 誰もいないから2階行って。
ワタシ: 2階のお部屋??
おじぃ: そぉ
ワタシ: どの部屋でも??
おじぃ: 好きにしてて
ワタシ: あ...はい...宜しくお願いします。
おじぃ: 2時過ぎると帰ってくるから。名前は?
ワタシ: 〇〇〇です。
おじぃ: はいどーも。
ぷちっPuupuupuupuu (終)...
募る不安と
ちょっと遅れて...疼く冒険心←w
・・・ってか なんでカタコト?
外国人のスタッフなのかな??
おじぃ一人で営む宿って書いてあったけども?
これが今回のプチ島巡りプロローグ
家から平敷屋港まで車で1時間
港から「フェリーくがに」に乗って30分
本当は別の島、も少し遠い島を予定してたけど、「雷を伴う激しい雨☂︎」予報を受けて、近場のちっちゃーい島でのんびり&ゴロゴロに急遽変更。にんじん畑をおさんぽ出来ればOKな感じで
結局、19日の島さんぽしてる間は薄曇りで時々、晴れ。でも深夜には跳び起きる程の雷&豪雨←w
翌20日は港からのフェリー中までは薄曇りで、本島に着いてスタバしてたら超豪雨&風←w
なんとなく島の神様に優しくしてもらった感
ちっちゃな思い出をここに…
小さな離島の小さな集落は港から坂を上って直ぐにあって、ググって探さなくても南原旅館発見。一応、お邪魔しま~すと声を掛けて、そっと玄関を上がり、キョロキョロしながら階段を探していざ2階へ。ところが実際、自由に選ぶ段階になると決まらないもので、8部屋位あったかな?各部屋を行ったり来たり。1番気に入った部屋は向かいに誰か泊まってて、どうやら男子っぽかったので、、、止めよw。何度ウロウロしただろう...wあっちの扉を開け、こっちの扉を開き。決まらなくてトイレやお風呂を覗いてみたり。......合宿所みたいだな雰囲気で、古い建物っぽいけどキレイに磨き上げられ、気持ち良い。床を踏むとギシッと鳴る音さえも楽しい。
結局決まらず、そのまま島探検に
島の貴重なお店、あずま商店を覗きつつ、自転車を借りるならココ。でも今回は歩こう!周囲7kmの小さな離島だし、雷&豪雨予報の空も今のところは大丈夫そう。
スマホはしまったまま、地図も開かず、勘と案内板を探しながらの探検。
にんじんベンチ発見!!
そのすぐお隣りに 『ホートゥガ―』
晴れてたらさぞかし鮮やかな景観なのだろうなぁ
男女の抱擁のシルエットに見えることから、子孫繁栄の神として崇められているという、ホートゥがーの近くにある「マーカー」。鍾乳石を御神体とする小祠。
鳩(ホートゥ)が見つけたとうことから付けられた名前らしいこの場所。
日照りが続いたある日、ある鳩がいつも羽を濡らしているのを不思議に思った島人が鳩の後を追い、鳩が下りた場所を掘り下げるとコンコンと湧き出る泉を見つけたという伝説が残る場所。
この島で「ガー」とは井戸。
どの島へ行っても必ずあちこちで出会う「ガー」
海に囲まれた島人たちにとって、湧水はとても大切だったのだろうな
展望台はどっち?
キョロキョロしながら歩いてたら、原付のお兄さんに 「迷子?」と声を掛けられ、「にんじん展望台....」と答えると、「この校庭を突っ切ったら左に上ればあるさぁ。」
ワタシ: 「突っ切る??授業中、、、」
お兄: 「いいさー」
突っ切るのをちょっとためらってる私を気にしてか、Uターンして戻ってくるお兄。
お兄: 「乗ってくぅ??」
ワタシ: 「・・・いや、突っ切るっ」
そうして授業中の校舎をチラ見しながら島で1番立派な建物の小学校校庭を横断
一応、一礼して退場
教わった通り左に坂を上がって歩いてると、今度はカートみたいな乗り物のおじぃに出逢う。
おじぃ: 「トゥーマビーチ行く??乗る?」
ワタシ: 「にんじん展望台!」
おじぃ: 「したらそこ左ですぐだ」
ワタシ: 「はーい」
“キャロット愛ランド”
それがこの島の別名。
糖度も栄養価も高い津堅島にんじんの産地。
にんじん畑がいっぱい。
県外のホテルやレストランへの出荷がほとんどで、県内ではなかなか買えないのが残念。
島民のほとんどは半農葉半漁の生活らくしく、うるま市はもずくの産地。沖縄で食べるもずくは太くてコリコリの歯応えが最高。
島風が心地良い
にんじん展望台から、これから向かうビーチの方角確認。
少し霞んだ空や水平線も、この夜に遭遇する物凄い雷も、あぁ...春だなって...。
そして梅雨に向かう、春の儀式。
トゥーマ浜
1kmにわたって白い砂浜が続く美しいビーチ。
この島の人達の、大切な憩いの場で、自慢のビーチ。
このすぐ脇に1件民宿があって、そこならweb予約もできるのだけど、マリンレジャーをヒャッホ―する人達で昼間はかなり賑やからしく、実際この時もそうで、私は静かーな南原旅館にして正解。
白い砂は歩きにくいほどサラサラ
木陰に座り、ぼーっと...少し霞んだ水平線を眺める時間は...至福。
そしてにんじん畑探検
実はにんじん大好き人間の私
最近は後継者不足の問題もあり、草原になってしまってる畑も増えてるらしい。
ここもかつてはにんじん畑だったのかな。
在りし日の風景を想像しながら眺める草原は、ちょっと切なかった。
3時間半。
それでだいたい回れてしまう小さな島。
宿へ戻り部屋を決め、ゴロゴロとこれもまた至福の時間。16時位に人の気配を感じて階下へ下りてみると、おじぃに遭遇。挨拶を交わすとすぐにあの電話の相手だと確信。そして、これから母親のいる近くの施設に行くから一緒に行こうと誘われたちょっと予想外なお誘い過ぎて、不覚にも頷いてしまい...気付いたら軽トラの助手席に乗ってる自分に苦笑い。
施設に着くと、食事の時間が近いらしく、フロアに集まった人々に迎えられるw
一体自分は何処で何を....と思いつつ、、、な不思議な体験。宿のおじぃのお母さんが時々話しかけてくれるのだけど、島言葉で全くわからず、ニコニコ頷く意外打つ手なし
ご飯を食べて行くか?と、私のご飯の心配をしてくれてたらしい。宿に準備してあるから大丈夫だとおじぃが答えてたようだけど、その後も帰るまで何度も聞いてきてたな。きっと、以前はおじぃ(息子)と一緒に宿を営み、みんなのご飯の支度をしてくれてたのだろうな
95歳だそう。
そんなにシワシワぢゃなかったのは、フコイダン(もずく)とにんじんパワーのお陰かな?
施設からの帰り道、軽トラで島を案内してくれたおじぃ。
信号はないし、センターラインもなし、畑道も集落の狭い道もみんな10km位で走ってる。だからなのか?誰もシートベルトとかしてない(秘w)中にはナンバープレートのない車も、、、
のどかなにんじん畑のデコボコ道に体をバウンドさせながら、ここは来た?ココは??とおじぃは聞いてくれるけど、どこも同じような畑の風景だから違いがわからん盛大に唸りを上げる軽トラに揺られながら聞く島の話しは、やっぱり少しの切なさが混じる、、、。
この島の人口は減り続けてて、今は400人くらいしかいないってこと。あの立派な小学校の生徒も今は10人位で、先生の数の方が多いってこと。ゆくゆくは廃校するしかないだろうから、そしたら年寄りたちの施設になるのではってこと。でも世話をしてくれる若者が足りないってこと。色々なお話しを聞いたにんじん畑のドライブの思い出
島の北側にある「ヤジリ浜」も連れて行ってもらってのだけど、写真がないっ。
宿へ帰ってテンコ盛りの夕食を食べて、少ししたら近くの話しのウマいお姉さんの所へ行こうと誘われ、再び断れず、島のおじぃやおばぁが集まる家へ。行く道すがら何度も1時間だけだからって言ってたけど、結局2時間と15分
みんな親戚らしい。
みんなよく笑ってた。
そしてよく飲んでた(泡盛とORION)
島人同士の会話は一言もわからなくて、まるで外国に来てるみたいだった。私に話しかけてくれる時や、盛り上がってる内容の通訳をしてくれる時は標準語で話してくれるから、みんな2ヵ国ができるんですね!って言ったら、沖縄本島の言葉と。離島の言葉は違うから、3ヵ国語できるよって笑う。スゴイな、、、。沖縄の方言は中国語の影響が強いって聞いてたけど、中国語の聞き心地とは違い、私にはロシア語の感覚に近かった。沖縄特有の彫の深い顔立ちのおじぃたちが、だんだんロシア人に見えて来て、心の中でクスクス
この島は先の戦争で焼け野原になったそう。米軍に占領され、島民は沖縄本島に送られ数年間収容。そのあと島に戻ってこれたけども、小さな島は荒れ果てていて、自給自足が必要な離島はとっても貧しかったらしい。不発弾を見つけては、火薬を抜き取って爆弾を作り、それに火をつけて海に投げ、爆発させたその衝撃で死んだ魚を集め食料にしていたらしい。火薬を抜き出すためにのこぎりで不発弾を切る際、ギコギコ切断していると熱を持ってしまい爆発してしまうから、海水を掛けながら慎重にやってたけど、失敗して亡くなった人もいっぱい居たそう。それでも他に食べて行く方法なかったからなぁと笑ってた。
勿論、今いるおじぃやおばぁは子供だった頃の話し。
また直ぐに遊びにおいで、
今度来たら真っ直ぐココにくればいい。
連絡しなくても誰かいるから心配ない。
生活に困ってないか?
大変なことはないか?
職場の人は優しいか?意地悪されてないか?
そんなふうに心配される夜。
子供の頃、良く親戚中で集まってた頃、あの頃にタイムスリップしたような不思議な錯覚。
初めて逢った人たちなのにね。
わすれられない経験に感謝。
逞しく咲き誇る野生のお花たち。
そしての自由に、逞しく生きる島にゃんこ達。
夜中に鳴り響いた地球が割れそうな程の春雷。
今日出逢ったあのおじぃやあのおばぁも同じ雷鳴を聞いてるのだろうか。
それともしこたま飲んでたから爆睡?
ぐっすり眠れてたらいいな。
きっと春雷を聞く度に思い出す、、、
翌日、津堅島にんじんと、1年分位ありそうなもずくで重くなったリュックを背負い島にお別れ。
𓂃𓈒𓏸𓐍𓏸𓈒𓇼🥕
やっぱり旅が好き。