日々是お気楽-kinga


のんびり行こうよ~。


不忍の池から長い石段を登り、上野の山へ入る。駅へ向かうには、更に急な階段を上がらなければならない。その石段の手前に立っていた真新しい看板に、思わず足が止まった。


「謹賀新年」


ただでさえ年の暮れへ向かう慌ただしさの中で、突然後ろから大きな力で突き飛ばされた感じがした。確かに正月は稼ぎ時だ。賽銭の皮算用をしたら、ワクワクして待ちきれなくなったのかも知れない。しかし、少しばかり早過ぎはしないだろうか。もうちょっと、待てなかったのだろうか。

以前から、年末になるとあちこちの神社が行う「初詣キャンペーン」には、違和感があった。神社は会社ではないのだから、収益を上げるために企業努力をする必要はない。TVCMや駅貼りのポスターで、盛んに「おいでおいで」をしている神様を、僕は信用する気になれないのだ。第一、初詣は氏神様にするものだ。わざわざ遠出をして縁も所縁もない神様に手を合わせるのはおかしい。問題は、ウチの氏神様が地下鉄の駅にポスターを貼り、大々的なキャンペーンを展開することだ。おかげで、わざわざ遠くから押しかける「観光客」で溢れ、初詣をするのに一時間以上並ばねばならない。今では、地元の人間は元旦に初詣が出来ず、三が日過ぎに出かける有様だ。


今年を顧ってみれば、まさにアッという間だった。年を取ると一年の過ぎるのが早くなるのか遅くなるのか、それは個人個人で違うだろう。自分にとって、平成23年は何だったのか。正直、ここ数年で最も嫌な年だった気もする。積み残した荷物は多く、思いがけない余計な荷物が次々と舞い込んでくる。気の休まる時間も、場所もなかった。それでも今生きていられるのは、生来の暢気さ故だろう。小学校からの友人と、男同士、バカみたいに歩きまわったホノルルの時間がなかったら、きっと潰れていたと思う。


なにをそんなに、なんでそんなに、慌てて先を急がねばいけないのか。「謹賀新年」の看板は、大晦日に出せばいいだろう。そんなに後ろから押さなくても、人は前へ進むのだ。


もっと、のんびり生きようよ…。


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