日々是お気楽-hibiya


打ち合わせのため、夕方から日比谷へ出た。


久し振りに冗談抜きの真剣な会議を終えると、既に10時をまわっていた。こんな時間に丸の内仲通を歩くのは何年振りだろうか。クリスマスに向かい、街路樹がライトアップ去れているのは、以前と変わらない。ミレニアムといったろうか、とんでもなく派手にライトアップされていた時期もあったが、それも遠い昔のことだ。今は大人の街らしく、控えめで落ち着いた雰囲気に押さえられている。恐らく使われているのは LED ライトだろう。白く、キラキラと美しい。

そういえば、夏の間、ヒステリックに叫ばれていた「節電」はどうなったのだろう。熱病のように広まった脱原発の声に、お調子者の無能な総理が踊ってしまったがために、この国は慢性的な電力不足に陥っているのではないのか?専門的な知識のない人間が迂闊な口はきけないが、今回の事故は、明らかに人災なのだ。発電所の立地や万一の備えさえ正しく考えられていたら、なにより事故後の対応さえ正しく行われていれば、こんな事にはならなかったはずだ。脱原発に反対するつもりはない。原発など、ないに越したことはない。しかし、実際には存在するのだ。そして、この国はそれに依存しているのだ。原発を止め、また化石燃料を燃やし、大気汚染を進めるのか。風力発電で全てをまかなうなど、夢のまた夢ではないのか?道具は使い方さえ間違えなければいい。正しく使いこなせば問題は起きないはずだ。人間は、何か不都合が起きるまで何もしない。世の中は、みんながちゃんとやっているという「信頼感」で成り立つものだ。誰も自分達の負うべき責任や義務を負わず、私利私欲に走っていたから、こんなことになった。きちんとやってくれているだろうと思っていた我々全員が、ただのお人好しだったことになる。


気がつけば、いつの間にか駅のホームは煌々と明かりで溢れ、街のネオンも復活している。個人個人が節電を心がけても、微々たるものに過ぎない。もちろん、やらないよりはやった方がいい。しかし、問題はもっともっと深い所にあるはずだ。


この国は、一体どこへ向かっているのだろう。自分達だけで勝手に民意をうけていると言い張る人達に、このまま任せていていいわけがない。何も期待出来ない。期待する気持ちにもならない。


久し振りに乗った終電のシートに座り、とても暗い気持ちになった。

多分、しばらく味わうことの無かった真剣な言葉のやり取りに、少し疲れてしまったのだろう…。


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