資料探しのために神保町へ出かけた。
原稿を書きながら資料を当たるには、ネットという便利なツールがある。書き進めるうち、予想もしていなかったデータが必要になったり、思いつきでエピソードを書き加えたりする時には、ネットほどありがたいものはない。机の前を離れることなく、瞬時にピンポイントで知りたいことを教えてくれるのだ。昔は、いちいち本棚まで行き、何冊もの本を引っ張り出し、どの本のどこに知りたいことが書かれているのか、探さねばならなかった。あれこれ調べた挙げ句、結局何も判らないということも多かった。ネットを有効に使えるというのは、物を書くことを生業としている身にとり、今や必須だろう。無駄な時間を省けるし、欲しい情報に行き着くまでしつこく粘れる。第一、殆どの資料がタダで手には入ってしまう。
いやはや、便利な時代になったものだ。
しかし、ありがたいことはありがたいのだが、そもそもがアナログ世代の人間なので、時間に余裕がある時は、どうしても文字で書かれた情報が欲しくなる。
そんなわけで、前置きが長くなってしまったが、どうしても手元に置いておきたい本が出来て、三省堂へ出かけた。子供の頃からの習慣で、本を探す時はつい神保町へ行ってしまうのだ。
欲しかったのは人文地理関係の本なので、エレベーターで真っ直ぐ4階へ上がる。地理のコーナーは、フロアの一番奥に近い。そこへ行き着く間には、音楽、美術、宗教、哲学などの書棚の脇を通り過ぎるため、それぞれのコーナーに引っかかる。特に音楽と宗教のコーナーには欲しい本が山盛りだ。全部買っていたら切りはないが、いつか、欲しい本を手当たり次第に買ってみたいものだ。
目的の本を買い、三省堂を出た後、せっかくだからと神保町をホロホロしてみた。最も頻繁にこの町を訪れていたのは、大学生の頃だったと思う。僕の通っていた大学は白金だったが、すずらん通りに車を駐めて、よく歩き回った。ジャズ喫茶でセロニアス・モンクを聴き、洋書専門の古本屋で、米軍基地から流れてきた「PLAYBOY」や「MAD」、Paperback を買った。神田を歩いていると、懐かしい時代が次々と蘇ってくるのだ。
すずらん通りから何本か裏通りへ入った所に、父の戦友がやっている美味しい洋食屋があったことを思い出した。確か「カロリー」という店だったはずだ。まだ、あの店はあるのだろうか?確かめてみたくなり、路地へ入ってみたが、見つからない。靖国通り沿いの店は、古いままであったり、改築されてビルになっていたりしても、ほぼ昔のままだ。細かい店の出入りはあるが、さほど変わった気がしないのだ。ところが、裏通りへ入ったとたん、これが同じ町なのかと疑うほど寂れている。かつての店のカタチをそのままに、空き家になったままだったり、シャッターが閉じられていたりする。バブルの時代、神田は地上げの集中砲火を受けたのだが、バブル崩壊の後、手つかずに放置されているのかも知れない。
この店は、まだ営業を続けているのだろうか?いつか、陽が落ちてから確かめに来なければ…。


