思いもかけない所で、思いもかけない時に、思いがけずワクワクしてしまうことがある。
横浜の大桟橋で行われている「ALOHA YOKOHAMA」の帰り道、赤煉瓦倉庫街へ抜けようと歩いていると、地味に手作りのビラを配っている人と出会った。週末のみなとみらい地区だから、あちこちでいくつものイベントが開かれている。こういう所でのビラ配りは、派手なミニスカートのお姉さんと相場は決まっているのだが、そのお父さんはあくまでも地味で、遠慮がちなのだ。
「海上保安庁の巡視艇を見学出来ます。船内も公開しておりますから、どうですか?」
海上保安庁の職員さんだった。
「今日だけですか?」
「そうなんです。滅多に公開しないんです」
そう聞いては、行かざるを得ないということで、妻と二人、恐らく巡視艇には最も似つかわしくない格好で、海上保安庁の敷地内へ入っていった。
公開されていたのは「ひりゅう」という名の巡視艇で、カタマラン型の船体は、見るからに速そうで頼もしい。後で調べてみたら、この船はもともとアメリカ海軍で魚雷艇として使われていたそうだ。正式名称はPC-109、船底が二艘に分かれたポケットピット型で、確かにスピードが出るらしい。
船内のあちこちに若い保安官が立っていて、何でも質問してくださいと、笑顔で迎えてくれる。
「普段は何人で操船するんですか?」
「中国の漁船を追いかけたことありますか?」
「あなた、おいくつ?」
夫婦で脈絡のない質問をぶつけても、ちゃんと答えてくれる。
操舵室に入り、レーダーや監視カメラを見ていているうち、懐かしい記憶が蘇ってきた。
確か大学2年の夏休みだった。東大の地震研究所のアルバイトで、自衛艦に乗ったのだ。日本近海の海底の地形を調べるため、横須賀から出航し、太平洋から日本海沿岸をグルッと回った。ソナーを使い、海底のデコボコをデータ化しようというわけだ。僕の仕事はソナーが正しく作動しているか、データがきちんと読み込まれているか、チェックすることだった。太平洋は穏やかだったが、日本海へ入ると、とたんに揺れ始めた。船のことは詳しくないが、アメリカ海軍から払い下げられたフリゲート艦だったと思う。大きな船が上へ下へゆっくり大きく揺れる。
「君さ、大学出たら自衛隊に入らない?君みたいな人に、是非海上自衛隊へ入って欲しいな」
いつものように上級乗組員専用の食堂で夕食を摂っていたら、艦長に話しかけられた。
「どうしてですか?僕なんか何の役にも立ちませんよ」
「この揺れの中で、平気で食事出来るんだもの。それだけで十分だよ」
言われてみれば、いつも10人ほどで囲むテーブルに、僕と艦長しか居なかった。みんな船酔いで食事どころではなかったらしい。
「下の隊員たちも、殆どダウンしてるんだよ。待ってるからね」
鈍感なのかどうか判らないが、僕は船に酔った経験がなかった。おまけに自衛艦の食事は実に豪華で美味しい。どんなに船が揺れようが、食べないという選択肢は、全くなかったのだ。
あの艦長の言葉を真に受けて海上自衛隊に入っていたら、今頃どうなっていただろうか。海上保安庁の巡視艇の階段を下りながら、そんなことを考えていた。

