集めてしまう物。
子供の頃からいろいろな物に凝り、いろいろな物を集めてきた。
幼稚園から小学校の低学年にかけては切手を集めていた覚えがある。数冊の切手帳が今も押し入れのどこかに残っているはずだが、殆どが使用済みの外国の切手なので、価値はないだろう。小学校の3年生位から、中学へ入りダイキャスト製のミニカーへ移行するまでは、ブリキの自動車を集めていた。これは50台以上あり、ずっと大切にしていたのだが、大学時代、ある日学校から帰ると、全て無くなっていた。出入りの大工さんに男の子がいることを知った母親が、勝手にあげてしまったのだ。
「あんなおもちゃ、要らないと思ったから」
平気な顔でそう言った母親を、僕は今も許していない。
中学から集め出したミニカーは、今も増殖を続けている。ただし、今は集める車種を限定しているのが、いかにも大人だ。
その後、集めた物を列挙すると…。
「平凡パンチ」の表紙。
モデルガン。
万年筆。
ZIPPO。
BIC の使い捨てライター。
Tシャツ。
ピン・バッジ。
空き缶。
空き瓶。
古い道路標識。
アメリカ版Play Boy のセンターフォールドと車の広告。
パイプ。
ステッカー。
ワッペン。
Garfield。
ベースボール・キャップ。
消しゴム。
製図用ペン先。
インク。
サングラス。
ディズニー・グッズ。
Pepsi Man。
インディアン・ジュエリー。
鎮痛剤のボトル。
アロハシャツ。
等々、現在も続いているコレクションは多い。仕事柄集まってしまったレコード、CDも大量にあり、これらが生活スペースのかなりの部分を占領していることは確かだ。幸いというか不幸にしてというか、とんでもなく高い物がないので、ついつい手が出てしまう。時々、キリがないからこれはやめようと決め、以後我慢している物も多い。それとて、なにかひとつキッカケがあれば、また集め始めてしまう危険性は秘めているのが恐い。
お馴染みの蕎麦屋で見かけた酒どっくりも、かなり前から、いつか集めてやろうと思っている物のひとつだ。
我慢、我慢。
オーデコロン。

