恐怖のジェットコースター。
子供の頃から、祖母に連れられ、よく浅草へ出かけていた。浅草寺にお参りをして、仲見世を歩き、オモチャを買う。食事をして甘い物を食べ、トロリーバスで帰る。これが、祖母の決めた浅草お出かけコースだった。その頃から花やしきはあったはずだが、記憶の中に全く残っていない。思うに、祖母は、上手に花やしきを避けるコースを設定していたに違いない。浅草寺へ向かい縦横に走る道を熟知していて、花やしきが子供の目に触れぬよう、上手に歩いたのだ。もし、僕が花やしきの存在を知ってしまったら、どんなひどいことになるか、よく判っていたのだろう。全てのアトラクションに乗るまで、絶対に帰らないという、とんもないことになってしまうからだ。
その代わり、時々、松屋デパートの中にあった「電気自動車」に乗せてくれた。車の後ろに立てられたポールが天井に流れる電気を拾い、あちこち自由に走り回るという車だ。車だ大好きだった僕は、いっぱしのドライバー気分で、ハンドルを握っていた。
中学校、高校、大学と、浅草に足を向けることがなく、花やしきという名前だけは知っているものの、正確な場所も知らなかった。というより、関心がなかったのだ。初めて花やしきへ行ったのは、大人になり、放送の仕事を始めてからだ。番組の取材で、ジェットコースターに乗るため、出かけた。
なぜ、花やしきのジェットコースターなのか?
当時、若者の間で花やしきのジェットコースターが面白いと、密かに人気になっているという話があった。ジェットコースターは「絶叫マシーン」の初歩的アトラクションだが、花やしきのジェットコースターは、「絶叫」とは別の観点で面白いと、若者にうけていたのだ。狭い敷地内に無理矢理造られたジェットコースターは、乗車時間も短く、誰も絶叫しない。それでは、何が面白いのだろうと、検証みようというわけだ。
初めて見る花やしきは、ある意味、衝撃的だった。まだ東京ディズニーランドはなかったが、僕の中で遊園地といえば、後楽園か豊島園というイメージだった。今は、企業努力の甲斐あって賑わっているが、その頃の花やしきは、どこから見ても観光地によくあるような、お寒い遊園地だった。赤鬼にボールを当てると、サイレンが鳴って金棒を持ち上げる的当てが、一番の売りのように見えた。
「こんな遊園地が、まだ東京にあったんだね」
などと笑いながら、ジェットコースターに乗った。そして、なぜ若者の間で話題になっているかが判った。花やしきのコースターは、「絶叫マシーン」ではなく「抱腹絶倒マシーン」だったのだ。古く小さなコースターは、ガタガタとのんびり動く。そして、一応アップダウンはあるのだが、決して猛スピードではない。見所は何か?コースターから、隣り近所の茶の間や物干し場が鑑賞できてしまうことだ。手を伸ばせば、軒先に干された洗濯物に触れそうだ。茶の間でお茶を飲んでいるお婆さんと、目が合ったりもする。最高の Entertainment だと思った。
綺麗に整備され、アトラクションもリニューアルされ、子供にも若者にも人気の花やしきにも、そんな時代があったのだ。

