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強者どもが夢の跡。


友人と二人、ブラブラと歩いた。根津から春日まで、共通の思い出である中学時代の話をしながら…。

以前、この友人と僕が立ち話をしているのを見た妻は、「あなたたち二人が話をしていると、マフィアのボスが良からぬ相談をしてるみたいだ」と言ったことがある。多分、サングラスのオヤジが並んで歩いているのを見た人は、怪しいヤツらがうろついていると思ったに違いない。言うまでもなく、僕らは怪しくなどない。話していたのは、この辺に○○が住んでいたとか、ここに××の店があった等という、たわいない昔話なのだ。

農学部前の交差点から春日へ向かう途中、ふと左を見ると、なんとも懐かしい建物があった。かつて、学生専門の下宿屋だった木造三階建ての本郷館だ。もう随分と前に閉鎖されたので、とうに取り壊されていると思っていたが、なんと、まだあの頃のままに建っている。

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所柄、下宿していたのは東大生が殆どだ。今は連絡も取れない友人が住んでいたことがあり、僕も一度だけ中へ入ったことがある。玄関を入ると、大きく広い木の階段があり、階段を中心に、小さな部屋がたくさん並んでいた。四畳半だったか六畳だったか定かでないが、狭かったことは覚えている。閉鎖され、立ち入り禁止の貼り紙があるにもかかわらず、真新しい自転車が置かれているのが、なにか不自然だ。こうして玄関だけを見ると、今もたくさんの学生が暮らしていると言われても、誰も疑わないだろう。

東京生まれの東京育ちの僕は、夏休み、古里へ帰省する友人が羨ましかった。同様に、下宿や小さなアパートで暮らす友人も羨ましかった。なんだか、とても自由に生きているという気がしたからだ。


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街で見かける木造三階建てとしては、かなり大きな建造物と言える「本郷館」。たくさん学生達が、ここから目の前のキャンパスへ通い、学び、論文を書き、社会へ巣立っていった。それぞれがそれぞれの大きな夢を抱き、日々暮らしていたのだろう。遅かれ早かれ取り壊され、学生達の夢の残像も消えてしまうだろう。

何階だったかさえ記憶にないが、ここで暮らしていた友人は、今、どこで何をしているのか。

作家になりたいと言い、書いた物を読み、アドバイスをして欲しいと言った。しかし、とうとう僕は、彼の書いた物を読むことはなかった。僕の知る限り、彼は何も書いてはいなかったのだ。

「脚本を書いているんだ。出来上がったら映画会社へ送ってみようと思う」

そんな話が最後だった気がする。