日々是お気楽-Threemen


三賢人の像。


三人の老人が何やら碁盤のような物をはさみ、楽しそうに話をしている。20年近く前、返還前の香港で、父親への土産に購入した。九龍のホテル近く、怪しげな屋台の並ぶ路地の店だったと記憶している。この手の、明らかに手びねりと思える小さな焼き物が店いっぱいに置かれていた。農作業をする人、舟を漕ぐ人、居眠りをする人、本を読む人、様々な動きと表情を見せる人のミニチュアが可愛かった。人間だけでなく、動物や建物もあった。多分、箱庭の素材用に作られた物だろう。名前もない人が作っているだろうに、どの人間も表情が生き生きとしていて、素晴らしい。

なぜか、子供の頃から、僕は小さい物が好きだった。未だにミニカーを集めているのは、その名残だ。箱庭やジオラマにも興味がある。環境さえ整えば、部屋いっぱいの箱庭や、庭いっぱいのジオラマを作って遊びたいと考えている。


小学生の頃、僕の部屋には大きな板があった。台所を改装した時に出た廃材を大工さんに貰ったものだ。僕はマジックインクと定規を使い、その板に自分の町を作った。碁盤の目のように道路を描き、道路と道路の間に線を引き、警察署や消防署、修理工場や病院を設定した。それぞれにガレージを持つ家も描いた。大きな板の上に、自分の町の地図を作ったわけだ。学校から帰ると、いつも床にその板を敷き、5㎝ 程のミニカーを並べて遊んだ。当時 デパートで200円か250円で売られていた、アメリカ製のミニカーだった。アメリカ製だから、当然全てアメ車。57年型のシボレー・ベルエアや、フォードのフェアレーン、ビュックやタウナスもあった。今は大人だから我慢するが、あの頃は同じ形でも色違いがあれば、全て揃えたかった。道路に並べたり、病院の前に止めたり、板の町のあちこちに車を配置し、上から、右から、左から、いろいろな角度から眺めて楽しんだ。車の配置を変えるだけで、面白かった。


「昼間だから、この辺に車が多いんだ」


「夕方になったから、こっちが混んでるよね」


「夜だから、みんな家のガレージに車を止めてる」


そんなことを勝手に決めて、車を移動させた。車を持って道路を走らせたり、事故だ!などと車をぶつけることはしなかった。せっかく買ったミニカーに傷をつけるのが嫌だったからだ。そんな大切だったミニカーは、どうなったのか?記憶がないのも薄情な話だが、いつの間にか一つもなくなってしまった。今でもたまに、もっと大切にしておけばよかった。全部とっておけばよかったと思う。


香港の屋台で、父親のために買った「三賢人」は、ずっと玄関の下駄箱の上に飾られている。父が逝ってしまった、今も。