昔から気になる家がある。
子供の頃からそこにあったから、子供の頃から気になっていたことになる。
どんな家かというと、東京の下町には珍しい、石の家なのだ。壁はもちろん、柱も2階のテラスも石で出来ている。それも、なかなか凝った造りで、古色蒼然という雰囲気が漂う。不忍通りからこの家へ続く細い道の入り口に、「レッテルの両山堂」という看板があることから、レッテルやラベル専門の印刷屋だと思う。建物は三つに分かれていて、不思議な二階建てが母屋だろう。真ん中に事務所があり、一番奥に工場がある。かなり贅沢な作りだ。
子供の頃から興味があったにも関わらず、僕はこの家をちゃんと見たことがない。なぜなら、我が家は不忍通りのこちら側にあり、石の家は不忍通りの向こう側にあるからだ。そこは忍岡小学校のテリトリー、こちら側は根津小学校のテリトリー、おまけに僕は越境して遠くの小学校へ通学していた。うかつに冒険するわけにもいかない。昔は、そういう住み分けというか、暗黙の了解というのがあった。
気になりながら、きちんと見たことのなかった「レッテルの両山堂」は、いつの間にか空き家になっていた。PCの普及により、誰もが自宅で簡単にレッテルやラベルを作れる時代だ。そこに特化した印刷屋は、かなり苦しかったに違いない。営業を止めたか、どこかへ引っ越したか、その辺は定かではないが、とにかく空き家…というより、廃墟に近い。石造りのため、外観は変わらないが、壊れたブラインドが垂れ下がり、鉄のドアは錆びたままだ。
なんだか、もったいない。
石の家が暮らしやすいかどうかは、判らない。でも、こんな家に住んでみたい。
