昔から、不忍池周辺は僕の散歩コースだ。
これからの季節、短パンにタンクトップ、タンニングオイルを塗って歩くのが気持ちいい。桜の咲く頃はとんでもない数の人間が集まるので、不愉快だから歩かない。家から5分程の距離なので、子供の頃から、よく出かけていたが、時代とともに、池も、その周辺もかなり変わっている。まだ昔を懐かしむ年でもないし、そんな気持ちになる性格でもないから、Let it be でいいのだが、最近、池の水が汚くなっているのだけは、許せない。「恩賜上野公園」といって、恩賜、つまり誰かから賜った公園なのだから、東京都は「ありがたくお掃除」をさせていただかなければ駄目でしょ?毎日とは言わないけれど、週に何度かは池に船を浮かべ、底をさらったり、ゴミを拾ったりしないと、罰が当たります。岸近くに溜まるペットボトルやビニール袋、腐った蓮の葉などは、しっかり掃除し、常に美しく保たないと…。
最近は、ことあるごとに「骨董市」が開かれるが、変わりばえしない店が並ぶだけでつまらない。骨董といいながら、チベット辺りで買い付けた小物やアクセサリーを売る店が多く、なんだかなァだ。主催者は、きちんと業者を選び、本物の骨董市にしなければ、そのうち誰も見向きをしなくなる。ただ何かやっていればいいというわけではないのだから、もう少し考えようね。店を出す顔ぶれが変わらないということは、恐らくそこに利権が生じているに違いない。そういうのは駄目なんだよね。昔は、勤めていた万年筆工場が火事になって潰れたので、退職金代わりに、焼け残った万年筆を拾い集めてきました。いくらでもいいから買ってください!とか、取引先が倒産して、納入出来なくなった商品です。家族を食べさせなければならないので、いくらでもいいから買ってください!など、笑ってしまうベタな設定で物を売る人達が、たくさん居た。がまの油売りも、毒蛇が入っているという袋を地ベタに置き、虫刺さされや切り傷に効くという薬を売る人もいた。毒蛇を出すぞ、出すぞと言っておいて、結局出さずに店じまいしてしまうのだが、見ていて楽しかった。屋台に訳の判らない物を並べているだけなら、誰にでも出来るから、面白くないのだ。
あれ?結局、懐かしんでますか?昔を…。
