宇宙の限りなき優しさの中で -18ページ目

宇宙の限りなき優しさの中で

大好きな映画や音楽、日々の生活で感じたことを綴ります。

今回も前回に続き、ガンガジさんの著書『ポケットの中のダイヤモンド』より、私の心に響いた言葉のご紹介。




では本書の「根本的な傷を癒す」が見出しの文より、共感した部分を抜粋してご紹介します。



あなたが自由を求めるとき、それを追い求める中で、自分はこれまで何から逃れようとしてきたか、そのことにあなたは向き合わなくてはなりません。

一般的に、ほとんどの人は何かしらの苦痛から逃れようとしています。


誰しもがいくつもの傷を抱えて生きており、それはどんなに恵まれた環境にある人でも同じです。そこから乖離することができれば別ですが、人類全体の抱える傷はあなたの中にも何らかの形で存在しています。

中には、精神的、感情的、あるいは肉体的な傷をかさぶたで覆い、何事もなかったかのように日常生活を送れる人もいます。

けれどもそれに完全に成功する人はいないと思いますし、それはよいことです。なぜなら、それができないからこそ、人は自分の傷に注意を向けるからです。

ちょうど、靴の中に小石があると、それを取り除くまでは決して不快感が消えないのと同じです。

もちろん私たちは、精神的・物質的なさまざまな方法で、その根本的な痛みを取り除こうとします。

理性の活動のほとんどは、この本質的かつ根源的な痛みとそこから派生するすべての痛みから逃れることが目的です。

もしかすると、ある特定の教え、または悟りが自分の傷を取り除いてくれることを期待して精神生活に向かう、ということさえあるかもしれません。

その教え、導師の言葉に従って行動しようとし、苦しみが消えてくれることを願ってそれを何度も何度も繰り返します。

驚くべきことに、真の師、真の教えは、この上なく無慈悲にかつ冷酷に、あなたを一直線にその傷そのものの真っ只中に突き落とします。

最も深いところにあり、最も本質的な傷は名づけることさえできません。私たちはそれを 「人間の業」、「条件付けられた存在」、「苦悩の現実」 などと呼び、そこから逃れようと強い意欲を燃やしますが、その意欲こそが、実は私たちをぐるりと振り出しに連れ戻し、再び傷に向かわせます。

傷から逃れるさまざまな方法をさんざん試した挙げ句、あなたは成熟し、どんなに逃げてもまだ同じ傷があなたを待っていることに気づくのです。


傷は癒されて当然です。すべての傷には対処法がありますし、手当てのできる傷は手当てすべきです。

ただ問題は、ヒーリングを通して真実そのものを手に入れようとするときです。感情的、肉体的、あるいは理性の傷が癒される一方で、もともと完全であり、純粋で自由で平静な存在は見過ごされてしまいます。

真実は、あなたの肉体、感情、知性、あるいは状況がどんな状態であるかにかかわらず、すでにここにあるのです。




文中の「真の師、真の教えは…」の言葉。

それは、映画『スター・ウォーズ エピソード5/帝国の逆襲』の中での、ヨーダがルークを自身のダークサイドと対峙させるために洞穴に向かわせるシーンを思い出す言葉でもありました。





新約聖書の中には、イエスの「わたしが来たのは地上に平和をもたらすためだ、と思ってはならない。平和ではなく、剣をもたらすために来たのだ」という言葉もあります。

逃げることなく最も本質的な傷と自ら対峙することが、すでにここにある真実に気づく道となるということなのでしょう。

何度も何度も繰り返すことに終止符を打つために。


では今回も前回に続きシャナイア・トゥエインの歌で、1999年のライブより『ドント・インプレス・ミー』。

MVもよかったけど、ライブもいいねー♪


That Don't Impress Me Much / Shania Twain