北の大地に出張中のリツアロです。
先日近くのお好み焼き屋での一幕
となりに座ったサラリーマン風のお客さんの会話。
ほんとあの上司には、「もうこりごり」「ほんとだよね~」
「意味わからないようね~」等々よくある愚痴の連発でした。
そこに、女将さんらしき人が、ずばり言うわよ!状態で、
あなた達会社でいろいろあると思うけど、
「忘己利他 (もうこりた)」という言葉を知っているかい?
サラリーマン風のお客さんは、「えっ」という表情で
ちょっと拍子抜け感があったようでした。
実は、この言葉は仏教の最澄さんが説いた説話の中にあるそうです。
【以下は、天台宗の法話集から抜粋】
「人間の性(さが)として、私たちはどうしても自分中心に考えてしまうことがあります。
もっと欲しい、こうして欲しい、とまわりに望むことが多くなりがちなのです。」
我欲が先立つのです。
伝教大師最澄(でんぎょうだいしさいちょう)さまの言葉に
『己(おのれ)を忘(わす)れて他(た)を利(り)するは慈悲(じひ)の極(きわ)みなり』と
いう言葉があります。
自分のことは後にして、まず人に喜んでいただくことをする、それは仏さまの行いで、
そこに幸せがあるのだという言葉です。
つまり我欲が先に立つような生活からは幸せは生まれないのだということです。
「インドの母」 と言われた故マザー・テレサさんの講演のなかでこういう話がありました。
ある日、七人の子供をかかえる貧しい母のところへ、マザーは両手にいっぱいほどのお米を持って
いってあげたのでした。するとその母親はそのお米の半分を手にして外へ出ていきました。
マザーが問うと、隣りにも同じような貧しい親子がいるので、そのお米を分けてきたのだと
言うのでした。一俵もあるお米ではありません。自分の子供たちの一食分にも足りないお米でさえ、
それを半分にして、隣りの子供たちも喜ぶだろうと分けてやれる崇高な精神に
マザーも感動したのです。
深いい話でした。
ほんとに街のお好み屋さんでこんな話を聞くとは、ちょっと得した気分のリツアロでした。
先日近くのお好み焼き屋での一幕
となりに座ったサラリーマン風のお客さんの会話。
ほんとあの上司には、「もうこりごり」「ほんとだよね~」
「意味わからないようね~」等々よくある愚痴の連発でした。
そこに、女将さんらしき人が、ずばり言うわよ!状態で、
あなた達会社でいろいろあると思うけど、
「忘己利他 (もうこりた)」という言葉を知っているかい?
サラリーマン風のお客さんは、「えっ」という表情で
ちょっと拍子抜け感があったようでした。
実は、この言葉は仏教の最澄さんが説いた説話の中にあるそうです。
【以下は、天台宗の法話集から抜粋】
「人間の性(さが)として、私たちはどうしても自分中心に考えてしまうことがあります。
もっと欲しい、こうして欲しい、とまわりに望むことが多くなりがちなのです。」
我欲が先立つのです。
伝教大師最澄(でんぎょうだいしさいちょう)さまの言葉に
『己(おのれ)を忘(わす)れて他(た)を利(り)するは慈悲(じひ)の極(きわ)みなり』と
いう言葉があります。
自分のことは後にして、まず人に喜んでいただくことをする、それは仏さまの行いで、
そこに幸せがあるのだという言葉です。
つまり我欲が先に立つような生活からは幸せは生まれないのだということです。
「インドの母」 と言われた故マザー・テレサさんの講演のなかでこういう話がありました。
ある日、七人の子供をかかえる貧しい母のところへ、マザーは両手にいっぱいほどのお米を持って
いってあげたのでした。するとその母親はそのお米の半分を手にして外へ出ていきました。
マザーが問うと、隣りにも同じような貧しい親子がいるので、そのお米を分けてきたのだと
言うのでした。一俵もあるお米ではありません。自分の子供たちの一食分にも足りないお米でさえ、
それを半分にして、隣りの子供たちも喜ぶだろうと分けてやれる崇高な精神に
マザーも感動したのです。
深いい話でした。
ほんとに街のお好み屋さんでこんな話を聞くとは、ちょっと得した気分のリツアロでした。