つながり | あるがまま ~彼女とネコと同居中~

あるがまま ~彼女とネコと同居中~

同性の彼女とネコとの平凡だけど温かい暮らし日記

※今日、思うことをつらつら書いたのでいつもにも増して長いはず。

長文駄文なので面倒な方はスルーしてください。



無宗教、無信仰の私が、「前世について考える機会があった。

大学の授業の「宗教学」で「輪廻転生」のことを聞いた時、そんな事

あるはずない…と思ったけれど。


私に英語を教えて大学に入れてくれた、当時の塾の英語の先生は

私が在籍中にパニック障害を発症し、塾に来られなくなった。


まだ「パニック」なんて言葉がなかった頃の話。


先生は必死に治りたいともがいてた。

けれど思うようにはならなかった。


結論を言えば、今、彼女は「ヒーラー」として生きている。


彼女がもがいている時、一冊の本と出合った。

ブライアン・L. ワイス, Brian L. Weiss,
山川 紘矢, 山川 亜希子
前世療法―米国精神科医が体験した輪廻転生の神秘

この本の中の精神科医はどんな治療をしても治らない患者に

退行催眠」をかける。


そうして過去を辿って行くと、前世での生き方が今世に

反映する事がわかっていく。


肉体は借り物で魂が何度も生まれ変わるという事らしい。


今の自分は過去の魂の記憶なんて覚えていないが、

魂の記憶というものが存在するらしい。


初めて聞いた時はそんな事は信じなかった。


だけど…実際に自分が(退行催眠ではなかったけど)セラピーを

受けて、自分の前世を知った時、私は「前世論」を否定できなくなった。


なぜなら、ヒントを何も言っていないのに、今の自分に繋がる

過去世を言い当てられたから。


私はサーカスが来ると言うと、居ても立ってもいられないくらい

見に行きたくなる。


ある時は、発作のように海辺にシーグラスを拾いに行って、

ランプを作ろうとした。


そんな事誰にも言ってなかったのに…

私の前世はピエロとドイツでガラス職人だったと聞かされた。


もっと他にもあったのね。今の私につながるのが。


何の根拠もない事を…と思ったけど、完全に否定も出来ない。


私のような神経症や、パニック、その他のいわゆる「精神病」と

呼ばれるものは、本当は病気として存在するものではなく、


「今を生きているのに、魂だけが過去に戻っている」


そう聞いた。フラッシュバック


じゃあ、日常で息が切れてきた時、動悸がしてくる時、

私の魂は何を見てるんやろう?っていつも思う。


過去世まで戻ってその原因を取り除けば、これは消えるとも聞く。


ほんとなのかしら?


魂のサークルはそんなに大きくなくて…

時空を、あるいは性別を超えて、縁のある人とは何度も会っているらしい。


「袖擦りあうも多生(他生)の縁」という言葉があるように。


気付きのサインとして顕著なのは

初めて会った人に懐かしいかんじがしたり…

どこかで会った事があるって思うらしい。


私は初めて先生の英語の授業を受けた時、ハッとさせられた。

そしてこれは場所にも当てはまる。


そんな話を適当に聞いているうちに、私が神経症になった。

ヒーラーとして独立していた彼女にセラピーを受ける事になった。


彼女が私たちが過去のどこかで会っていると言って、

その国の名前をいくつか挙げた。


イギリス、アメリカ、ギリシャ、バリ島…もう少しあったかな。


その中で、私は「バリだけは絶対に違う。」と否定した。

そしたら…「やっぱりね。」と。


私は旅行は好きだけど、バリ島には行きたくない。

理由はわからなかった。ただ嫌悪感があった。


過去世でバリ島で先生と私が出会ってた時に、私は男性で彼女を

陵辱し、殺してしまったらしい。


その記憶を魂が覚えていて、今になってもバリ島を嫌うのだと。

嫌な記憶は封印したいということだと言う。

だから「バリ島じゃない。」と否定したのだと。


「じゃあ今世で会ったのは、どうして?」という私の問いに…


「あなたはこないだまでは私の塾の生徒、今はクライアント。


あなたは私がひどいパニックだった時、私を助けようとした。

それがあなたにとっては「つぐなう」ということ。


そして、今のあなたをサポートする事が私にとっては

「許す」ということになるの。これでお互いチャラよ。


今度は来世で幸せに会いましょう。」


そう答えた。


その後、幾度となく彼女からヒーリングを受けたけど、家も

遠かったし、お互い忙しくなって疎遠になった。


昨年の冬に彼女のお父さんが他界されて、そのお通夜に

参列してからもう一年以上会っていない。


先生のお父さんはちょっとおっかなかったけど、面白い人だった。


「あ、あるもちゃんや~、また来たんか。」


今でもその声をはっきりと思い出してしまう。

先生に連絡を取りたいし、会いたいと思うのだけど、

あのお父さんがいない家に行くのかと思うと、どうしてもメール

すらする気になれない。


あのお父さんは先生と私の掛け橋の役割だったのか。



自分の周りを見渡してみよう。

すぐ横にいる人は初めて出会った人なのか、過去に出会った人なのか。


なぎはどうなんやろう…どこかで会ってるんかな。



「前世論」を持ち出すと、それだけで全てのパニックや精神病が

解明されるのかどうかという非常に難しい問題に発展するし、

私はこれが絶対だと思うわけでもない。


考え方の一つ、としてはいいと思う。


症状が辛いとき、「あ、ま~た私の魂がどっか行った~。」

笑って流そうとすることもできるからね。



心の病気とはなんでしょう?


いったい、心とはどこにあるのでしょうか?


胸の中、心臓?違いますよね、心の中心は大脳にあります。

しかし、「心=大脳」とは私は思ってはおりません。


大脳はあくまで心の中心で、心の大部分を占めると思っています。

大脳は、心臓、肝臓、腎臓、などと同じ臓器ですよね?

他の臓器が病気になっても、おかしくはありませんね?

では、大脳が病気になっても決しておかしくはありませんね? 」



この文章はある病院のサイトの始めに書かれている院長の言葉。

医学的見地から言えば、こういう事なのだと思う。


相対する二つの話なんだけど、この二つがあって、私は何故か安心する。


前世論だけだと、この魂に与えられた課題を克服しない

限りこのままなのか?と思うけど、こうやってはっきりと

「大脳の病気です。」と言ってもらえると、じゃあ通院や

薬物投与で治るのか?って思えるし。


その日の気分によって、自分の都合のいいように解釈するようにしてる。


今日は話がめちゃくちゃそれまくってるけどね…


リアルはもちろん、このブログで知り合えた人、そして

その中でもさらに突っ込んだお付き合いをさせてもらってる人、

その出会いに一つ一つ、意味があるのだと信じたいと思う。