雪不足とマイスター制度 | ZERO.blog

雪不足とマイスター制度

いやはや、昨晩はひどい雨でした。
風も激しかったし、雷が鳴っているときもあった。
12月の降雨量としては最高記録だったとか。
確かにこの時期の大雨って記憶にないな。



異常気象は日本だけではなくて、ヨーロッパもかつてない暖冬らしい。
スイスはご存知の通り冬の観光も有名だが、雪不足でスキー場が開けず、W杯が中止になるのだとか。
日本でも雪不足でスキー場が開けないところもあるというから、世界的に暖冬だと言うことなのでしょうか。



ヨーロッパと言えば、今朝の朝日新聞に、ドイツのマイスター制度が危機にさらされていると言う記事が乗っていた。
今の制度が整えられたのが1950年代だと言うから、制度自体はまだ新しい。それ自体はもっと以前からあったのでしょう。
このマイスター制度に則って3-5年修行して、資格を取らないと開業できない仕組みになっている。
この修行が、約1万円ほど持って家を出て、一人で渡り歩いてあちこちの現場で仕事を探し、そこの親方から技を盗んでいく。
そこで身につけるのは技だけではなく、その後に必要な諸々の事を習得していくわけです。
そうは言っても優しくなく、不況なら仕事は無く公園で寝泊りする事に成るし、定期的な収入も無い、精神的にも辛くなり、それを乗り越えると人間的にも一皮向け、真剣に技に取り組むようになる。
その厳しさゆえ落後者も多く、負担も大きいので見直しが必要という議論が高まっているそうだ。



確かに、手に職持っている、技があるといっても、社会の変化が早まる中でその価値は常に変わっていく。特に最近のITの進化は、人の技をコモディティー化させるので、一部の技を除いては急速に価値をなくす可能性がある。その一部を身につけているかどうかが勝負になるので、修行だけで3年も5年もかけていては時代に後れる、というのは納得できる。
技術と言うのは相対的なものですから、常に全体の中の個と言うものを把握して、自分の立ち位置を決めていく必要があり、その位置は常に変化する。


人の持つ技がどの程度無くなっていくか、難しいが、かなりの部分を無くせるのではないだろうか。そうなると人に要求されるのは、今以上に発想する能力、生み出す力になる。
ITを使う事でより発想や創造に集中できれば、それに越した事は無い。
それは恐らく、何技術や何業と単純にくくれない物になっているはずだ。
だから、軸足を技や技術に置く事は大切だが、そこにドシンと座り込んではいけない。
マイスター制度の見直しが必要と言う議論が起こる事は、その変化を自覚していると言う事です。



今年の変換ミス大賞も笑えました。
大賞:「遅れてすいません。回答案です」→「遅れてすいません。怪盗アンデス」。腰の低い怪盗さんですこと。
「それは会社の方針とのこと、正しいようです」→「それは会社の方針とのこと、但し異様です」、そんな会社もあります、怖いですね。
「リスト表を送ります」→「リスとヒョウを送ります」、せめてかごには入れて送ってくださいね。
「そんなに働いたならだいぶ疲れてるね」→「そんなに働いた奈良大仏枯れてるね」、大仏様は植物でしたか。
「お客様用トイレ」→「お客彷徨うトイレ」、なんと広いトイレでしょうか。



ある意味、人の考えの一部をプログラムしてまじめに使ってみるとこういう新しい結果が出てくると言う事で、人の発想や能力の可能性というのは、引き出す術に未熟なだけでまだまだあるようです。