初回の投稿の題材をこの曲にした事に、正直、そこまで深い意図はない。
理由を一つだけ挙げるとしたら、数時間前にMVが解禁されたばかりという状況で、Youtubeのコメント欄に影響されずに、まっさらな気持ちで曲と向かい合えそうだから、というくらいだ。
Youtubeを観るとき、それがどんな動画であっても、ユーザーのコメントを読みながら鑑賞する事が当たり前になっている。
その中でも、MVについている高評価の感想コメントというのは、自分ではうまく言語化できなかった曖昧模糊とした想いや言葉を、上手に簡潔に表現してくれていることが多い。
そしてその感想が高い評価を受けているという事実。
みんなも自分と同じ事を考えているんだな、人の感性というのはだいたい似たりよったりだな、と思わされる。
でも、それと同時に、違和感も感じている。
本当に、自分が感じた気持ちというのはこのコメントの言葉そのままなのか?
コメントに書かれていない感想も、自分の中にはあったはずでは?
なんとなく格好が良い他人の言葉をトレースすることで、無意識に、自分の頭で考える事を放棄してしまってはいないか?
人間の感性は"だいたい"似たりよったりかもしれないが、100%同じな訳ではない。
他人の意見に簡単に身を任せてはいけないし、自分の感情を手放してはいけない。
きれいに並べられた言葉は大事なものを削ぎ落としてしまっているかもしれず、言葉足らずな言葉こそ、本当のことを言っているかもしれない。
とりあえず書き始めてみたものの、とりとめのない事になったため一旦打ち切り。
そしてググっても歌詞が出てこなかったため自分で書き起こしてみたが、耳コピなんて何年ぶりか。新鮮な体験だった。間違っていないことを祈ります。
最後に、曲名の『アオ』について。そのままローマ字にすると「AO」、AもOも母音。どちらも口を大きく開けて発声される音なので、子音に比べて明るさや開放感が出る。このタイトルのおかげでシリアスになりすぎず、その10-FEETらしいバランスの取り方に好感が持てる。
10-FEET『アオ』
信じたいから疑いました
傷つく前に傷つけました
守りたいから嘘つきました
次第に痛みも分からなくなって
そんな日は無性に そんな日は
言葉にはやけに振り回されて 嘘にも色んな意味があってちょっと疲れたよ
いつかまた2回目の純粋さみたいな 作り上げた優しさの本当の意味を知って 知って
分かり合うと淋しいから
馬鹿なふりをして騒ぎ立てた
この星から連れ出してよ
忘れたくて懐かしくなって
そんな日は無性に そんな日は
言葉にはやけに振り回されて 嘘にも色んな意味があってちょっと疲れたよ
いつかまた2回目の純粋さみたいな 作り上げた優しさの本当の意味を知って 知って
分かりあえない 一つにもなれないよ
それでもまた明日 また明日だよ
言葉並べには少し疲れて 無性にあなたに会いたくなったそんな日暮れには
小さな頃観た映画の終幕 さよならの愛の形の意味が分からなくて そっと 優しさを知って 知って