いつか娘の発症まで、というか
このブログを書き始めた時よりも前のことを
自分の記録として書こうと思っていたのに、
ずいぶん時が経ってしまいました。

このブログを書き始めたのは
去年2019年9月、 
娘が3回目に入院した時からでした。

入院する2019年9月は明らかに妄想が出ていて
訳の分からないことを話していました。

それよりも1年前の2018年9月にも
妄想に支配されていた時もありました。

その頃はまだ医療に繋げられて
いなかったので
薬も飲まずにおりましたが、
時間が経って自然に
妄想がなくなっていきました。

なので、2018年9月の時は
投合失調症かと一瞬思いましたが、
症状が自然に消えたので
やはり違ったのかなと思っておりました。

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娘の異変に初めて気づいたのは2018年7月、
娘が大学1年生の時でした。

7月に入って大学のテストが始まろうとする頃
突然大学に行けなくなってしまいました。

全てにおいてやる気がなく、
表情も固く、笑顔もなく、
起きられず、夜は眠れず、そんな状態で
大学に行けない、と言い出しました。

初めは辛いなら休んでね、
という感じで接していました。

ただのやる気なしの大学生かなと
思っていましたが、
休むことが続くようになり、
時折涙を見せて、
ネガティブなことばかり話したり、
心を閉ざしてしまった様子で、
家族もとても心配になりました。

体育会系の部活に入っていましたが、
それももちろん行くことが出来ず、
自分で休むという連絡すら出来なくなり、
私が変わって先輩に連絡することもありました。

頑張って部活に行こうとすることが
1度ありました。
私と私の母も一緒に行き、
何度もその体育館に入れず
行ったり来たりを付き合ったこともあります。

本当に何も出来なくなってしまったのです。
歯磨き、お風呂、ご飯を食べること、
今まで普通に出来ていたことが 
全く出来なくなりました。

それまでは本当に普通に暮らしてきたので、
突然の変わりようにびっくりでした。

鬱状態だと思いました。

もちろん私は自分の育て方が悪かったんだろうと猛省し、私がカウセリングを受けたり、
鬱を治すクリニックに私がかかったり、
色々なことをやりました。

やらなければ気が済まなかったのです。

娘はそんな私から離れることを望み、
主人の実家(同じ都内)に
7月中旬から泊まりで行くようになりました。

数日で帰ってくると思ってました。

日常を離れれば少しは気分転換になるのでは 
ないかという期待も少しはありました。

でもそんなことは全くなく
今まで「良好」と私が勝手に思っていた 
義母との関係も
ここで一気に崩れてしまいました。
今でも私は個人的に義母とは
連絡をとっていません。

もちろん主人や娘は義母とは今までのような
良好な関係でいられています。

私だけ、ダメになってしまいました。
この関係が娘の病気を象徴するものに
なってしまっています。

長くなりましたが続きます。