以前読んだ本に以下の記載があった。
『時間の質が下がった時に時間ドロボーにあったと感じる。』
時間はどんなときも流れており、現実的に消失することはない。ただ不毛な会議など、心理的に時間ドロボーにあったと感じる。過ごした時間がなければ出来たであろう事項がある場合、時間ドロボーにあったと思っていいだろう。(逸失利益と同じ考え)
そう考えた場合、目的がない人ややりたいことがない人にとっては時間ドロボーはないことになる。そういう人にとっては不毛な会議も有意義な時間なのかもしれない。
一方で、楽しい時間は集中しているから、時間の感覚がなくなり、残念なことだが、あっという間にすぎてしまう。
有意義な時間を過ごすということは、
「短いと思える時間をどれだけ作れるか」に尽きる。だらだらと過ごすことが有意義なことではない。
「余暇のある生活と怠惰な生活は別物である」というように、無目的に時間を食いつぶすのではなく、目的ある事柄にだけ時間を傾けられるような時間リッチな生活を目指したい。
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