元上司が、私を引き上げてくれたときに「キミは、人を冷静にさせる素質がある」と言われました。
言われた瞬間は、その意味を理解するのに時間がかかったんですが、今となっては、何となくわかります。当時、自分がそういうタイプの人間だという意識は全くなかったんですが、最近になって、「あぁ、こういうことか」という実感を得ることが多くなりました。
仕事に限らず、人は、相手を見ます。同じ事を言っても、受け入れらる人と受け入れられない人がいます。また、あの人には平気で言えることが、ある人には躊躇してしまうことがあります。
自分がどう見られているかということは、物事を進めたいときに、案外影響力が大きいものです。「この人が言うことならやってみよう、信じてみよう」という気持ちにさせる言動を普段から行っているかが、イザというときに、明暗を分けるのです。
人目を気にすると言うとストレス溜まりそうですが、実は、人目を気にしないことの方が何倍も勇気が要ることなのです。それはとても孤独な生き方です。
「見られている自分」を意識することは、「この人を受け入れてあげよう」という気持ちと融合したとき、とてもバランスの取れた人間関係をもたらすものではないかと思います。
誰からも受け入れられる必要はない。
でも、自分という人間を受け入れてくれる人が欲しいと思うのは、人として極当たり前のこと。
できることなら、人が快く受け入れてくれる人間でありたい。
私はそういう意味で「見られている自分」を意識することは自分自身をも豊かにすることに繋がるのではないかと思います。