バーツは3倍すると日本円になります
俺たちはいよいよバンコクをたち、チェンマイとバンコクの中間地点にあるピサノローグに向うことにした
ピサヌローグは特にこれといって見所は無いんだけど、遺跡の町スコータイに近く、そして最終目的地のチェンマイまでバンコクから十数時間かかる事から、この街で休んで遺跡も見ていこうという計画だった
アクセス方法は二通りあり、電車とバス
バスがいくらかかるかは分からなかったけど、俺たちの宿からバスターミナルまでかなり遠くて面倒だったので長距離電車を利用することにした
チケットの買い方は簡単で、窓口に行って行き先を告げるだけでいいのが、やはり最初に提示された価格が一人800Bくらい
多分2等か1等だと思うんだけど、もっと安いチケットは無いかと聞くと、値段は忘れたが100B以下の3等席のチケットがあったので、冷房が無くても問題のない俺は勝手にツルの分も含めて一番やすい3等席を買ったのだ
冷房の効いてる席はネット上で冷凍車両と呼ばれていて、長時間乗っていれば、自分が食肉になった気分を味わえるのは間違いない
3等車両は特に席が決まっているわけでもなく、日本の一般電車と同じように早物勝ちで席を確保、食物連鎖に負けた乗客たちは立っているしかないのだ
俺たちは幸い始発から乗ってたので見事この食物連鎖のピラミッドの頂点に君臨することが出来たわけだが、なにやらこの車両、乗っている乗客が怪しい
多分俺の杞憂だとは思うんだけど、全員泥棒に見えるし、ツルが紙巻タバコを吸っていたら、それをガンジャと勘違いしたタイ人の若者が20Bで売ってくれと言ってきたらしい。実にけしからん車両である
同じタイ人でも2等と3等では身なりが違うのだ、そして俺たちの身なりもきっと2等や1等に乗っている外国人とは違うのだろう。。。とくにツルくん。。。アルマーニの白いパンツにボロボロのTシャツと偽物のレイバンのグリーンのサングラスはやばいだろ?。
他にも色んな違いがある
俺の正面に座っているツルの座席、止め具が外れてるらしく列車の動きに合わせてはねたり横にスライドする面白い造りになっているのだ
そして午後になると太陽がモロに車内に差し込んでくるので結構暑い
っていうか暑い やっぱ暑い 直射日光はな・・・日焼けもしたくないし。。。。
そして最大のイベントが約30分おきに巻き起こる。雪祭りである
車内は冷房が無い為に窓は常に開けっ放されている
なんの為にそんな事をするのかは知らないけど、たまに線路の横で何かを燃やしている奴がいるのだ
するとそこを通過した瞬間に大量の煙と灰が車内に入ってきて、車内は一瞬で雪景色に変わるのである
乗っている乗客たちは一様に口を手やハンカチで覆いながら咳き込んで反対の手で煙をのけようとパタパタ始める
俺はそれを見て、咳き込みながら大笑いして腹が痛くなる
なかなかエグい乗り物である。この車両に10時間近く乗ってたんだから、これでまた一つレベルが上がったような気がします
スコータイの遺跡はピサヌローグからバスを乗り継いで約2時間 距離にして54km
俺たちは次の日スコータイの遺跡に向うべく、昼過ぎにホテルを出て、まず市バスでバスターミナルまで向った。ツルは朝から酒を飲んで既にふらふらで浮浪者の様です
スコータイ行きのバスは14:45発でまだ15分、時間があるからもっと酒を飲みたいとツルが言い始めた
俺が面倒くさそうな顔をすると、「じゃぁちょっと行って来るよ、ここにいるでしょ?」といってビールを求めてどっかに行ってしまった
彼の顔を見るのはこれで最後になるのであった
時間になってもツルは帰ってこず、電車とは違いバスは時間通りに発車するらしく、俺の乗ったバスは彼を置いてそのままスコータイに発車したのである
待つことも出来たが、彼の自業自得だし、不良旅行者に振り回されるのは御免だから、俺は閃光のような速さ、いやむしろ迷いもせずに彼を置いていく事にしたのである
しかし、この決断は俺を大変後悔させた
一緒に旅してまだ一週間だけど、俺の旅を陰ながら支えてくれ、困ったときは助け舟を出して俺を励ましてくれ、道に迷った時は一緒に悩み考えてくれた、フルカラー360ページの彼の持っているガイドブックの存在をすっかり忘れていたのだ
こんな事になるなら俺がガイドブックを持っていればよかった。いやー本当に反省です、ガイドブックを忘れていた事を
今回のスコータイ行きはもともとツルの提案で、俺はスコータイに遺跡があるということしか知らなかったし、それが世界遺産なのかどうなのかも未だに知らない始末だ
実際スコータイには旧市街と新市街があってそれぞれ遺跡が点在しているらしいのだ
そして主に有名なのが旧市街にあるヒストリーパークと言う遺跡群のある公園なのだ
その時にこれくらいの知識があれば良かったんだけど、旧市街と新市街があるなんてことも知らなかったし、着いたらツルのガイドブック見て行きかたを聞けばいいと思っていたからさぁ大変
スコータイのバスターミナルのインフォメーションで訪ねるも、俺自身が何処に行きたいかも分かってないんだから、向こうも何を教えたらいいかわからない
英語で遺跡って単語はないから、取り合えず「The remains of スコータイ」って連発しとけば、一番有名な所を教えてくれると思って、連発してたら
向こうも分かったような顔をして、後ろの市バスを指刺して、それに乗って旧市街に行けと言った
すぐに発車と言う事で迷っている暇もなくバスに飛び乗る。。。自分が何処に行きたいかもわからないままに
乗ったはいいものの、何処で降りたらいいかサッパリ分からず、バスの切符売りに聞くも英語が全く通じない。。マジ辛いんですけど
外を見ても100M置きにそれっぽい建物郡が姿を表し俺を迷わせる
しばらく走ると女子中学生くらいの集団が乗ってきて俺の隣に座った
試しに「英語話せる?」って聞くと、親指と人差し指で物を掴む形を使ってちょっとだけとはにかむのであった
それで俺が話し始めると、おもむろに紙とペンを取り出して書いてくれと
今回は俺の発音が悪いのではなく、向うが生の英語を聞き取れないのだ
タイの英語教育も日本と同じらしく、読み書きしかしないから、英語の知識があっても喋ったり聞いたりは出来ないのだ。その証拠に喋っても通じないときは紙に書いて見せると結構通じるのである
こうして俺と女学生たちとの筆談が始まったのだ
「遺跡に生きたんだけど、ここが何処だかもわからないし、何処に行けばいいかもわからないんだ」「だから俺がどこで降りればいいか教えてくれないかな?」
すると俺から紙を受け取った女の子が確認してわからなかったらしく、他の英語が得意な子に見せにいってなにやら相談、3分後に紙に書いた返答が帰ってきて
「それはヒストリー公園の事?」「このバスはそこまで行くでしょう」
と、実にシンプルな英語で返答が帰ってきた
はたしてヒストリー公園が俺の行きたい場所なのかどうかはわからないけど、多分この路線の中で一番有名なところがそこだから、女学生がそういって来たと思う
俺は「多分そこだと思う、着いたら教えてくれる?」となるべくシンプルな文にして女学生に渡した
そしてらまた皆で紙を見て相談して、OKと笑顔が返って来た
このようにして目的地を通ったら、彼女たちがバスを止めてくれ、俺は無事それらしいところに着く事ができた
遺跡にすっかり飽きてた俺は、この日は遺跡をバックに夕日を撮ろう思って来てたから、着いたのが17時
歩いて周れる公園だったけど、時間もないので30Bで自転車を借りて、一気に周ってしまった
ホテルに戻るとガイドブックと一緒にツルも戻っていて、今夜の寝台電車でチェンマイに行く切符を既に取ったのだとか
そんなわけでガイドブックとツルとはここでお別れです
しょうがないからガイドブックの写真を撮らせてもらって、彼は夜中の12時にピサヌローグの街に消えていった
安らかに眠ってくれツル
こうして俺は次の日にチェンマイに向うのだった
多分合流はしません
ここからはお互いの旅を楽しめればと思っています
俺には時間がたっぷりあり向こうには帰国が迫って時間が無い
そうなってくるとお互いずれが生じてくる
俺はゆっくりと旅をしたい、ツルは早く先を急ぎたい
ここまでは俺も我慢し向こうも我慢し中くらいの速度で旅を続けて来たと思うけど、そんな中途半端なことをするくらいなら、お互い別れて自分の好きな速度で旅を進めた方がお互い楽しめるはず
だからこれでいいのだ
ツルは英語もタイ語も全く話せないし、海外の旅の経験なんて皆無に等しいけど、彼を一週間見てて、俺は一人でもやっていけると見た
きっとこの先彼は一人でも立派に自分の旅の目的を果たし、無事帰国できると俺は信じています
俺たちはいよいよバンコクをたち、チェンマイとバンコクの中間地点にあるピサノローグに向うことにした
ピサヌローグは特にこれといって見所は無いんだけど、遺跡の町スコータイに近く、そして最終目的地のチェンマイまでバンコクから十数時間かかる事から、この街で休んで遺跡も見ていこうという計画だった
アクセス方法は二通りあり、電車とバス
バスがいくらかかるかは分からなかったけど、俺たちの宿からバスターミナルまでかなり遠くて面倒だったので長距離電車を利用することにした
チケットの買い方は簡単で、窓口に行って行き先を告げるだけでいいのが、やはり最初に提示された価格が一人800Bくらい
多分2等か1等だと思うんだけど、もっと安いチケットは無いかと聞くと、値段は忘れたが100B以下の3等席のチケットがあったので、冷房が無くても問題のない俺は勝手にツルの分も含めて一番やすい3等席を買ったのだ
冷房の効いてる席はネット上で冷凍車両と呼ばれていて、長時間乗っていれば、自分が食肉になった気分を味わえるのは間違いない
3等車両は特に席が決まっているわけでもなく、日本の一般電車と同じように早物勝ちで席を確保、食物連鎖に負けた乗客たちは立っているしかないのだ
俺たちは幸い始発から乗ってたので見事この食物連鎖のピラミッドの頂点に君臨することが出来たわけだが、なにやらこの車両、乗っている乗客が怪しい
多分俺の杞憂だとは思うんだけど、全員泥棒に見えるし、ツルが紙巻タバコを吸っていたら、それをガンジャと勘違いしたタイ人の若者が20Bで売ってくれと言ってきたらしい。実にけしからん車両である
同じタイ人でも2等と3等では身なりが違うのだ、そして俺たちの身なりもきっと2等や1等に乗っている外国人とは違うのだろう。。。とくにツルくん。。。アルマーニの白いパンツにボロボロのTシャツと偽物のレイバンのグリーンのサングラスはやばいだろ?。
他にも色んな違いがある
俺の正面に座っているツルの座席、止め具が外れてるらしく列車の動きに合わせてはねたり横にスライドする面白い造りになっているのだ
そして午後になると太陽がモロに車内に差し込んでくるので結構暑い
っていうか暑い やっぱ暑い 直射日光はな・・・日焼けもしたくないし。。。。
そして最大のイベントが約30分おきに巻き起こる。雪祭りである
車内は冷房が無い為に窓は常に開けっ放されている
なんの為にそんな事をするのかは知らないけど、たまに線路の横で何かを燃やしている奴がいるのだ
するとそこを通過した瞬間に大量の煙と灰が車内に入ってきて、車内は一瞬で雪景色に変わるのである
乗っている乗客たちは一様に口を手やハンカチで覆いながら咳き込んで反対の手で煙をのけようとパタパタ始める
俺はそれを見て、咳き込みながら大笑いして腹が痛くなる
なかなかエグい乗り物である。この車両に10時間近く乗ってたんだから、これでまた一つレベルが上がったような気がします
スコータイの遺跡はピサヌローグからバスを乗り継いで約2時間 距離にして54km
俺たちは次の日スコータイの遺跡に向うべく、昼過ぎにホテルを出て、まず市バスでバスターミナルまで向った。ツルは朝から酒を飲んで既にふらふらで浮浪者の様です
スコータイ行きのバスは14:45発でまだ15分、時間があるからもっと酒を飲みたいとツルが言い始めた
俺が面倒くさそうな顔をすると、「じゃぁちょっと行って来るよ、ここにいるでしょ?」といってビールを求めてどっかに行ってしまった
彼の顔を見るのはこれで最後になるのであった
時間になってもツルは帰ってこず、電車とは違いバスは時間通りに発車するらしく、俺の乗ったバスは彼を置いてそのままスコータイに発車したのである
待つことも出来たが、彼の自業自得だし、不良旅行者に振り回されるのは御免だから、俺は閃光のような速さ、いやむしろ迷いもせずに彼を置いていく事にしたのである
しかし、この決断は俺を大変後悔させた
一緒に旅してまだ一週間だけど、俺の旅を陰ながら支えてくれ、困ったときは助け舟を出して俺を励ましてくれ、道に迷った時は一緒に悩み考えてくれた、フルカラー360ページの彼の持っているガイドブックの存在をすっかり忘れていたのだ
こんな事になるなら俺がガイドブックを持っていればよかった。いやー本当に反省です、ガイドブックを忘れていた事を
今回のスコータイ行きはもともとツルの提案で、俺はスコータイに遺跡があるということしか知らなかったし、それが世界遺産なのかどうなのかも未だに知らない始末だ
実際スコータイには旧市街と新市街があってそれぞれ遺跡が点在しているらしいのだ
そして主に有名なのが旧市街にあるヒストリーパークと言う遺跡群のある公園なのだ
その時にこれくらいの知識があれば良かったんだけど、旧市街と新市街があるなんてことも知らなかったし、着いたらツルのガイドブック見て行きかたを聞けばいいと思っていたからさぁ大変
スコータイのバスターミナルのインフォメーションで訪ねるも、俺自身が何処に行きたいかも分かってないんだから、向こうも何を教えたらいいかわからない
英語で遺跡って単語はないから、取り合えず「The remains of スコータイ」って連発しとけば、一番有名な所を教えてくれると思って、連発してたら
向こうも分かったような顔をして、後ろの市バスを指刺して、それに乗って旧市街に行けと言った
すぐに発車と言う事で迷っている暇もなくバスに飛び乗る。。。自分が何処に行きたいかもわからないままに
乗ったはいいものの、何処で降りたらいいかサッパリ分からず、バスの切符売りに聞くも英語が全く通じない。。マジ辛いんですけど
外を見ても100M置きにそれっぽい建物郡が姿を表し俺を迷わせる
しばらく走ると女子中学生くらいの集団が乗ってきて俺の隣に座った
試しに「英語話せる?」って聞くと、親指と人差し指で物を掴む形を使ってちょっとだけとはにかむのであった
それで俺が話し始めると、おもむろに紙とペンを取り出して書いてくれと
今回は俺の発音が悪いのではなく、向うが生の英語を聞き取れないのだ
タイの英語教育も日本と同じらしく、読み書きしかしないから、英語の知識があっても喋ったり聞いたりは出来ないのだ。その証拠に喋っても通じないときは紙に書いて見せると結構通じるのである
こうして俺と女学生たちとの筆談が始まったのだ
「遺跡に生きたんだけど、ここが何処だかもわからないし、何処に行けばいいかもわからないんだ」「だから俺がどこで降りればいいか教えてくれないかな?」
すると俺から紙を受け取った女の子が確認してわからなかったらしく、他の英語が得意な子に見せにいってなにやら相談、3分後に紙に書いた返答が帰ってきて
「それはヒストリー公園の事?」「このバスはそこまで行くでしょう」
と、実にシンプルな英語で返答が帰ってきた
はたしてヒストリー公園が俺の行きたい場所なのかどうかはわからないけど、多分この路線の中で一番有名なところがそこだから、女学生がそういって来たと思う
俺は「多分そこだと思う、着いたら教えてくれる?」となるべくシンプルな文にして女学生に渡した
そしてらまた皆で紙を見て相談して、OKと笑顔が返って来た
このようにして目的地を通ったら、彼女たちがバスを止めてくれ、俺は無事それらしいところに着く事ができた
遺跡にすっかり飽きてた俺は、この日は遺跡をバックに夕日を撮ろう思って来てたから、着いたのが17時
歩いて周れる公園だったけど、時間もないので30Bで自転車を借りて、一気に周ってしまった
ホテルに戻るとガイドブックと一緒にツルも戻っていて、今夜の寝台電車でチェンマイに行く切符を既に取ったのだとか
そんなわけでガイドブックとツルとはここでお別れです
しょうがないからガイドブックの写真を撮らせてもらって、彼は夜中の12時にピサヌローグの街に消えていった
安らかに眠ってくれツル
こうして俺は次の日にチェンマイに向うのだった
多分合流はしません
ここからはお互いの旅を楽しめればと思っています
俺には時間がたっぷりあり向こうには帰国が迫って時間が無い
そうなってくるとお互いずれが生じてくる
俺はゆっくりと旅をしたい、ツルは早く先を急ぎたい
ここまでは俺も我慢し向こうも我慢し中くらいの速度で旅を続けて来たと思うけど、そんな中途半端なことをするくらいなら、お互い別れて自分の好きな速度で旅を進めた方がお互い楽しめるはず
だからこれでいいのだ
ツルは英語もタイ語も全く話せないし、海外の旅の経験なんて皆無に等しいけど、彼を一週間見てて、俺は一人でもやっていけると見た
きっとこの先彼は一人でも立派に自分の旅の目的を果たし、無事帰国できると俺は信じています

