2007/02/28
昨日の続きです
取り調べも終わって
家庭裁判所に行き ました。
そこで看護措置決定をうけました。
そして今までとは違う生活が始まりました。
共同生活です。
鑑別所に入っている他の人と運動をしたり勉強などをしました。
先生に相談をしたり
毎日日記を書きました。
裁判所の人の調査も始まりました
入って少しすると兄や共犯者が入ってきました。
兄に会うのは久しぶりで話をしたかったけれど私語は禁止されていて話せませんでした。
でも毎日、運動が一緒で僕は泣くのをやめて
これからの自分を考えるようになりました。
先生に何回も相談して自分を知っていきました。
自分の事は知っていると思っていましたが
全然自分を知っていませんでした。
そして審判の日がきました。
僕はそこで保護監察処分をうけて
久しぶりに外に出ました。
おばあちゃんと父にも会えて
泣きそうになりましたが我慢しました。
外に出てすぐ坊主にしました。
すると白髪がはえているのが見えました
そのくらい悩んでいました。
兄は審判で少年院送致をうけて
今でも少年院に居ます
また続きを書きます
2007/02/27
昨日の続きです。
捕まった日に逮捕になり
留置所に行きました。
留置所は身柄の拘束をする所です
留置所は二人部屋で広くてトイレも個室になっていました。
廊下に面する壁が頑丈な鉄の網になっていて僕は始めて捕まったんだと自覚しました。
一緒の部屋にいる人は僕が来てから5日で違う場所にうつりました。
それからは、毎日泣きました。
友達やおばあちゃんに会えない辛さで前向きにはなれませんでした。
僕は、ずっとおばあちゃんに育てられてきたので
おばあちゃんが母のような存在です。
父と母と弟は近くには住んでいるのですが会ったり話たりする事はありませんでした。
いつも泣いている僕を見て留置所の人はいつも話を聞いてくれました。
僕の担当の取り調べをする警察の人もいつも心配してくれました。
僕は少しずつですが被害者の事を考え始めました。
でも答えはみつかりませんでした。
留置所に入って2週間くらいたった時に僕は鑑別所に移動しました。
まだ鑑別所に移動した時はまだ身柄の拘束で
今まで通り取り調べを進めていました。
本当は鑑別所に入る前に看護措置決定という措置をうけてから入るのですが、僕は特別で看護措置決定をうける前に鑑別所に行きました。
看護措置決定とは、鑑別所での生活の中で自分がした事を反省したり
鑑別所の先生と話して自分を知ったり
相談をする所です。
鑑別所での生活は資料にされ審判の時に使われます。
鑑別所は罰する所ではなく今までの自分これからの自分を考える場所です。
続きは明日また書きます。
仕事。
今日は、仕事でした。
仕事をして給料が入っても
ほとんどお金は残りません
借金の返済です
昨日の続きです。
僕は、中学三年生の時に原付を直結にして
盗みました。
そして捕まって僕はもうやめようと決意したのですが
犯罪はやめられませんでした。
この時から目立たちたいっていうのを忘れて
僕はまわりから不良と呼ばれはじめました。
まわりの友達や先輩も悪さをする人ばかりになってました。
そして卒業して
犯罪になれてしまい車上狙いを始めました。
兄と兄の友達と一緒にやっていました
その時はお金が簡単に手に入って嬉しくて
被害者の事を考えずに自分が良ければいいって考えでした。
車上狙いをやってるうちに
もっとお金が欲しくなり
他人の家に入ってお金を盗んでいました。
人の家に入ってお金を盗むのも兄と兄の友達と一緒にやっていました。
70万や低ても10万が家にはあり
それをわけていました。
正直そんな大金を見ても怖くなく
何に使おうかとしか考えていませんでした。
今思うと本当に馬鹿でした。
自分ではこれが仕事だと思うようになり
いつでもお金がある生活を続けていました。
でもそんな生活も終わる時がきました。
盗みに関係してない
先輩が捕まって
僕達がやっていた犯罪の事を警察に話して
僕達は捕まりました。
続きはまた明日書きます。
今日は当たり前の事ですが
ポイ捨てしてあるゴミを拾いました。
