演奏表現の本質に迫る指摘~ピアニスト富永峻に学ぶHow to Make UP!! | Cecilia's Diary

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ライフワークとしてコーチングも勉強中。

もう約1か月前になりますが、主にスペインでピアノを学ばれたピアニスト、富永峻さんの公開レッスンを聴きにいきました。

 

場所は、杉並区永福町にあるホールSonorium。一度行ってみたかった場所でもあります。

 

公開レッスンを受けたのは3人の現役音大生。扱った曲は、

ベートーヴェン:ピアノ・ソナタ第4番第1楽章

ショパン:バラード第3番

ショパン:ソナタ第3番第1楽章

 

それぞれ約1時間ずつのレッスンです。

 

富永さんは、受講生のみなさんに対し、1時間という限られた時間の中で、的確にしかも真髄をついたコメントをされていました。その語り口はとてもソフトで柔らかいですが、受講生の方たちの足りないところやもっと磨く必要がある部分を、ひとことでバシッと言い表しているため、聴いているこちら側も思わずドキッとするほどの威力がありました。

 

まずベートーヴェン。ピアノ・ソナタだけれど、これをオーケストラで演奏するとしたら、どんな楽器になるか、自分でオーケストレーションしてみる必要がある。

 

たとえば、冒頭の左の連打。富永さんによるとこれはファゴットの音。「ボボボ」と低く柔らかい音で連打する感じ。公開レッスンで聴いているときは「チェロかも?」と思いましたが、実際にあとで弾いてみると確かにチェロではなくファゴットの音色がふさわしいと感じました。

 

こんな感じでオーケストレーションすることで、ピアノの音色にさまざまなバリエーションが生まれます。また調性が変わることで表す感情表現も変わってくるので、調性感ももつこと。

 

そして、ベートーヴェンは転調や和声などを、あえて戦略的に使っているので、そこにはちゃんと意図があることをくみとることが必要。なぜここで突然フォルテが出てくるのか。ただ、フォルテと書いてあるからフォルテで弾くのではなく、たとえばそこで驚きや新鮮さを感じさせるために、あえてフォルテで書いているとしたら、その意図を踏まえたうえでディナミクスをつける必要がある。

 

そして、次のショパンのバラードでは、なぜこの曲が8分の6拍子で書かれているのか、考える。また、古典派のベートーヴェンとは異なり、小節線という区切りはあるが、あえて小節線を消して演奏する。小節という枠にとらわれずに弾く。

 

それから、練習方法として、細かい部分の分解練習が必要であるということも言われていました。これって、つまりある部分のフレーズの徹底的な基礎練習が足りないということで、これを聴いたとき、自分が受講していないのにもかかわらず、「このフレーズをちゃんと練習できていない」と言われているのも同じだということに、ドキドキしてしまいました。

 

コルトー版の楽譜には、ショパンを弾くためのさまざまな練習方法が載っているので、それを参考にするとよい、というアドバイスもありました。

 

最後のショパンのソナタ第3番は、受講生が弾き終わるなり「何を考えながら弾いていますか?」という鋭い質問が。音楽は、ただ譜面通りに弾けているだけではだめで、その音楽に対して何を感じているか、何を表現したいのか、「何」という肝心の部分が抜けていると言われていて、これも自分に言われているかのようにグサッときました。

 

受講生の方、3人とも緊張していたこともあるのか、全体にからだに力みがあって、ホールの響きが生かされていないように思いました。

 

公開レッスンのあとは、富永さんによるミニコンサートがありました。

モーツァルト:幻想曲ニ短調

ドビュッシー:練習曲集より第1番

ショパン:前奏曲嬰ハ短調

プロコフィエフ:トッカータ

と、古典派から近代まで幅広いレパートリー。

 

あたりまえといいますか、さすがといいますが、ちゃんとホールでの響きを計算したうえで、それぞれの時代の音楽フォーマットに合わせた音を出されていました。

 

 

以前から、GWに行われるLFJの公開レッスンを聴いたりしていましたが、富永さんの公開レッスンは、日本語ということもあって、かなりいい勉強になりました。こういう刺激を受けるとピアノ弾きたい熱が高まります!