今年のアカデミー賞3部門(助演男優賞、録音賞、編集賞)を受賞した
とても楽しみにしていた映画「セッション」を観てきました。
アメリカのとある名門音楽学校が舞台。
音楽学校といってもクラシックではなく、ジャズの学校。
イメージでいるとバークリー音楽大学みたいな感じでしょうか。
全編にジャズの音楽が流れていて、とてもおしゃれな感じがしますが、
ストーリーはものすごくドロドロな話です。
ここに大きな希望と野望を抱いて入学したのがニーマン。
彼が学校の練習室でドラムをたたく練習をしているところに
鬼教師フレッチャーがやってきます。
そして、選ばれた人しか入れないフレッチャーが指導するバンドに
新人ドラマーとして抜擢されるニーマン。
これで有名になる道が開けると喜んだのつかのま、
最初は優しく親身になってくれそうだったフレッチャーですが、
ドラムをたたきはじめると鬼教師に豹変します。
フレッチャーが生徒たちに投げつける言葉は、生徒の人格を貶めるような
ひどい言葉の数々で、今ならモラハラで訴えられそうなくらいです。
フレッチャーは音楽の天才をつくりだしたいために、
生徒たちに厳しい注文をつけるのですが、その注文が尋常じゃない。
ちょっとした音程の狂いやテンポのズレについて
これでもかというくらいしつこくしつこく追及してきます。
技術的なことをさんざんけなされてヘコんでいるところに
さらに精神的なダメージを与えるような言葉を投げかけ、
スパルタを通り越したスパルタ。
かつて私が通ってきたクラシック音楽の道も、
先生や教授にこてんぱんに言われて落ち込んで、
それでも練習しなければならない状況になったことが何度もありました。
先生が求める要求が高ければ高いほど、厳しいこと、きついことを言われますが、
それにくらいついていけるほどタフな精神でなければ
プロとしてはやっていけないわけで、音楽の道もかなりタフな道ではあります。
私自身はフレッチャーほどひどいことは言われたことはないし、
これはかなりデフォルメした教師像かもしれませんが、
彼に近いような先生も実際にいたように思います。
フレッチャーの高度な要求にこたえるために、
せっかく仲よくなった恋人とも別れ、すべての時間をドラムのために
なげうって、文字通り血のにじむような努力で必死に練習するニーマン。
彼がどんどん正気を失って、狂気のうちにドラムに熱中していく様子は
このままいくと、精神が壊れていくのではないかと思われて、
スクリーンのこちら側でみていてハラハラ、ドキドキします。
実際、フレッチャーの別の弟子で一流のミュージシャンになった人が
亡くなるというエピソードがはさまれています。
一流のミュージシャンとして活躍しながらも、
うつ病を患って、首をくくって死んでしまったことが
あとから明かされますが、これがフレッチャーが理想を追求しすぎて
生徒をつぶしてしまうことを暗示しています。
ニーマンも、もう壊れてしまう寸前だったときに、ある事件が起き、
音楽学校を退学せざるをえなくなります。
ニーマンは、亡くなった元生徒と同じようなことを起こしてはいけいからと
諭されて、フレッチャーとの間に起きたことを話します。
そして時が経ち、音楽とは別の道を模索しているときに皮肉にも
音楽学校をやめたフレッチャーと再会してしまい、再びジャズの世界へと誘われます。
今度こそ、フレッチャーと師弟としてではなく、対等な関係で
演奏できると希望と抱いた挑んだジャズフェスティバルですが、
ここでまさかの展開。
フレッチャーが音楽学校をやめさせられたのは、
どうやらニーマンの報告のせいだったようで、
そのことを根にもっていたフレッチャーがある方法で
ニーマンに仕返しをしたのでした。
一度ならず二度までも舞台で屈辱を味わったニーマン。
失意のうちに舞台から去っていくのかと誰もが思った瞬間、
またまたまさかの展開!
今度はニーマンがフレッチャーに挑戦してきたのです。
ラストの数分間は、「キャラバン」という曲がフルで流れるのですが、
この演奏シーンがまさにニーマンとフレッチャーの対決シーンのようで
緊迫感があります。
ジャズのジャムセッションは、ときにお互いの楽器が丁々発止と
やりとりをする緊迫感があり、それが聴いているほうとしても楽しいのですが、
楽しいを通り越して、音楽を通じてお互いが戦っているように見えました。
そして、その戦いを挑んできたニーマンを、最後の最後のシーンで
フレッチャーがやっと認めたのではないかというような
表情を見せてくれます。
ここまでしないと認めてくれないのか、
そして認めてもらうためには、わざと生徒を試すようなひどいことも
言わなければならないのかと思うと、ちょっと苦しい気持ちになりますが、
なにごとも一流になるためには、しのぎを削って
このくらいタフな厳しさがなければやっていけないのかもしれません。
クラシックであってもジャズであっても、音楽の道を究めるためには
このくらい想像を絶する練習を真剣にやらなくてはいけない。
でも限度を超えてしまうと心がポキっと折れて壊れてしまう。
芸術というものに対する精神と体力、心のバランスのとり方というのは
なかなか難しいなあと思いました。