今回はおもちゃコンサルタントでもあり、CAST JAPANという
おもちゃの輸入会社を経営されている小屋貴義さんが講師。
現在は約20か国から子どもにフォーカスしてゲームを輸入されているそう。
前半は遊びというものの概念についての説明という、
ちょっと堅い話から入りました。
遊びには生産的行為と非生産的行為があり、
遊びは目的をもって遊ぶというより、遊びという行動をとること自体が目的である。
というのが、遊びの概念。
現代のように生活が複雑になると、遊びが非生産的か生産的か
わからなくなり、遊びの概念はふくらんできている。
たとえばお葬式が国によって違うように、
(日本はほぼ火葬ですが、ヨーロッパなどキリスト教国では、
人の死を判断するのはキリストであるという考え方から、死体は土葬にする)
遊びも国よってさまざまに違い、それがその国の文化でもあります。
そしてこの遊びという文化をみるには、幼児教育に使われるものをみると
よくわかるのだそう。
子どもにとっての遊びとは、100%が学び。
玩具というのは子どもが社会生活を学ぶツールでもあります。
(Deveopmental Toy=発達を促す玩具 という言葉があるように)
玩具は神学的状態→形而上学的状態→科学的状態というふうに展開してきました。
つまり最初は神学的なもの、宗教的なものである人形などを
遊びの道具として使うところから始まり、文明の発達によって次第にバネとか
ポンプとかができてくることによって、玩具の形態がかわってくる。
そして最近ではデジタル玩具に象徴されるように、科学的なものが使われている。
知育的玩具は、子どもの成長と発達に合わせて展開していきますが、
生まれた当初は社会とのつながりを「音」で感じるため
音をきくような玩具から始まり、次第にものを積んでいくことを学ぶ積み木へと進み、
積み上げるだけでなくものをつなげることで形づくり、構成し、創作し、それを
実際に使っていくことにより学んでいくというふうに
子どもの年齢と発達具合により、玩具の意味・必要性も変わってきます。
これらの子どもの知育発達に影響を与えているのは、脳と目の関係。
まず視覚認知能力が発達することによって、対象物を認識し、
その認識したものを脳が解析して処理し、運動と制御をおこなう脳機能の
協調的働きが要求されるようになる。
幼児は絵を描くとき、ヨコとタテの概念がないので構成先行的になり、
多くは画面いっぱいに絵を描いたりします。
それが、成長するにしたがって、図形的な認知度が高まり、
その図形を上下に反転させたり、左右反転させたりすることができるようになる。
なので、子どものための玩具は、子どもの発達段階を考慮したツールを提供し、
子どもの健全な成長を促すためのものでなくてはならないのです。
で、遊びは文化だというように、一般に日本の玩具はメディアミックスされた
商材であることがほとんど。
(男子なら仮面ライダー、女子ならプリキュアといったように)
だから、日本の玩具市場は子どもの遊具としての開発というよりも、
マーケティングとしての開発となりやすく、
それが玩具生産者の弱体化につながり、強力な問屋制度ができていくことになります。
かのアインシュタインの言葉によると、
「学校で習ったことをすべて忘れてしまったとしても、
それでもまだ残っているもの。それこそが教育である」
なんだそう。
数式とか漢字とか、そういうものを一生懸命覚えるための指導をするだけが
教育ではないのです。
…とまあ、前半はとてもまじめな話だったのですが、
じゃあ実際にその知育性や社会性を育てる遊びである
ボードゲームをやってみようということで、後半はフランスのボードゲームを
やってみました。
ひとつは「KATAMINO」という立体図形パズルのようなゲーム。

碁盤のように区切られた板の上に、木でできたさまざまな形の図形を
組み合わせて埋めていくという単純なものですが、
最初は狭いスペースの中に図形が3つくらいだったのが、
だんだん広いスペースの中に数多くの図形をうめていくことになり、
そのうめるパターンの数がものすごい!
いちばんやさしいレベルからやってみましたが、
図形が3つまでだとなんとかなっても、4つになると途端に難しく、
なかなかうまくおさまりません。
子どものころから、こういう図形ものってすごくニガテだったのですが、
今やってみるとできないはできないなりに、結構楽しい…。
そして最後の5分くらいでもうひとつのボードゲーム
「QUATRO!」(フランス語で「4」という意味)を。

ベージュとこげ茶、四角い立方体と丸い立方体、
高いものと低いもの、穴があいていないものとあいているもの
いろいろな区分けができるチェスの駒みたいなものを
交互に円の中に置いていくのですが、自分が置いたら
その次に相手がおく駒を自分が選んで渡すというおもしろいルール。
駒を置く場所は選べますが、置く駒は選べないという…。
そして、4つ並んだ駒の形が同じだったり、高さが同じだったり、
全部穴があいているものだったりと、何かしら4つの駒に共通点があれば
最後の4つめを置いたほうが勝ちになる。
自分では実際にやってみませんでしたが、これかなり頭使います。
自分がどこに置けば有利になるかを考えつつ、
相手には相手が不利になるような駒を渡さなきゃいけない。
自分でやるより見ているほうがよさそうです。
ふだんホントにゲームというものをやらなくなって久しいですが、
こういった素朴なゲームは、いくつになってもやってみるとおもしろいものです。