人間らしく生きると願うことが罪…かぐや姫の物語 | Cecilia's Diary

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「聖セシリア」は、音楽の守護聖人。これにならって、音楽をはじめとする芸術や
伝統文化などを楽しみつつ、毎日を生き生きと過ごしている様子をつづります。
ライフワークとしてコーチングも勉強中。

スタジオジブリのアニメ、「かぐや姫の物語」を観ました。
今までのスタジオジブリ作品のような柔らかいやさしい色合いではなく、
どちらかというと墨絵のような、黒っぽさが印象的な絵です。
そもそもが竹取物語をベースとしたお話なので、絵柄も日本的。

アニメのストーリーも、よく知られているかぐや姫の物語と相違ありません。
ただ、最初に生まれたのが田舎の山奥で、そこから都に出てくる
という設定は、今までになかったもの。

それから、かぐや姫がとっても現代的。
竹取物語に出てくるかぐや姫は、おとなしくて物静かで美しい姫、
というイメージですが、このアニメに出てくるのは
自分の意志を持った強い女性。
時代背景からすると、かなり異色なキャラクターです。

もともとの竹取物語にも、かぐや姫は月で罪を犯したから
その罪をつぐなうために罰として地球へ送られたというくだりがあるそうですが、
アニメの終盤でも、かぐや姫が自分がなぜ地球に送られてきたのか
ということを思い出すシーンがあります。

映画の中ではっきりと彼女が月で犯した罪について説明されているわけではないので、
観終わったあとは「いったい何がかぐや姫の犯した罪だったの?」と消化不良でした。
でも、よくよく思い出してみると、彼女は月でかつて地球で暮らしたことのある人が
地球の歌を歌っているのをきいて、地球にあこがれたと話すシーンがありました。

で、月というのは穢れなき清い世界。
そこでは憎しみや悲しみなどといった感情のない世界。

それに対して人間の住む地球は、ドロドロとした感情がうずまく
ままならぬ世界。
月にいながらそういう地球にあこがれることが「罪」なのです。
(これは、地球に住む自分としてはなかなか実感がわきませんが…)

そんな罪を犯したために、かぐや姫は彼女があこがれた地球へと
送られてくる。
最初は、田舎で自由気ままに心地よく過ごしていたのに、
途中から「姫にふさわしい環境を」と願う竹取の翁の思いから
窮屈なしきたりにあふれた都に住むことになり、
さらには、かぐや姫が望んでいない男性たちからの求婚に悩まされます。
まさに、この世はかぐや姫の思いのままにならない状態。

そして、あることをきっかけにかぐや姫は「もうこんなところにいたくない!」と
心の中で叫んでしまうのです。
実は、どうやら月の世界はこのかぐや姫のひとことを待っていたようなんです。
つまり、自らが望んだ地球に住み、いつかこのままならない世界に耐えかねて
「月に戻りたい!」と彼女自身が強く望む日がくるのを待っていた。

そしてかぐや姫は「もうこんなところにいたくない!」と思った瞬間に、
そもそもなぜ自分は地球にきて、地球で生きることになったのか、その理由を思い出す。
しかし、時すでに遅く、満月の夜に月からの使者が迎えにきて
彼女は泣く泣く帰っていく…。
(この月からの使者がやってきて帰っていくときの音楽が、
ふんわり優しいんだけど、ラテンっぽい明るい音楽で、この世のものではない
って感じが出てます)

月からの使者に天衣をかけられた瞬間に、それまで生き生きと
人間らしい感情表現をしていたかぐや姫が、無表情になってしまったのが
とても象徴的でした。

感情を動かさず、心に波風も立てずになにごともなく暮らしていくことは、
心に迷いもなく穏やかに生きられるかもしれない。
でも、やっぱり人間として生まれた以上、どんなにままならないことがあっても、
感情を感じながら生きていきたいものです。

かぐや姫は、月へ帰る直前にきっとそのことに実感をもって
気づいたけれど、気づいたときにはすでに手遅れだった。
手遅れになってしまったことは、どんなことをしても取り戻せない。
これもひとつの人生の結果。

かぐや姫の物語にこんな深いものがあったとは。