文化が花咲くパリ、その音楽と生活を探る~LFJクラス | Cecilia's Diary

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「聖セシリア」は、音楽の守護聖人。これにならって、音楽をはじめとする芸術や
伝統文化などを楽しみつつ、毎日を生き生きと過ごしている様子をつづります。
ライフワークとしてコーチングも勉強中。

今日は丸の内朝大学LFJクラス2回目の講義でした。
今年のLFJで取り上げるのは、フランスやスペインの音楽ですが、
それらの作品は、だいたい19~20世紀のパリで生まれたもの。
なので、曲に親しむ前にまずは作品が生まれた背景を知る
ということで、文化やライフスタイルが成熟していく
19~20世紀のパリにスポットをあてて話をしていただきました。

まず、講義に入る前フリとして、フィールドワークで聴くことができる
ロドリーゴの「アランフェス協奏曲」の紹介がありました。

この曲の2楽章がいちばん有名かと思いますが、
アランフェスというのはスペインの古都で、作曲された当時の
1930年ごろにスペインの内戦で被害を受けたそう。
ロドリーゴはこの内戦を受けて、スペインとアランフェスの平和への
想いをこめるとともに、当時病気だった妻や亡くした子どもたちに対する
祈りの気持ちも込めて作曲したそうです。

この曲、オリジナルはギターソロによる演奏ですが、
ハープソロのバージョンも聴かせてもらいました。

このアランフェス協奏曲、今回のLFJでは何度も聴く機会があるそうです。

で、ここからが本題(?)
19~20世紀のパリ、ということで
パリに行ったことがない方のためにとパリ市内の地図が
配られ、それに沿って地理や位置の話をしていただきました。
(ベルサイユ宮殿やジヴェルニーの方向とか
コンセルヴァトワールのある場所とか)

パリは20区ありますが、この20区全体をぐるっと
取り囲んでいるのがペリフェリクという環状道路。
日本でいう環七みたいなものらしいです。

パリの20区の中のサイズは、だいたい山手線内と同じくらい。
実はそんなに広くないんですね。
パリは、最初シテ島という島があって、そこを中心にして
次第にまわりに街ができあがっていたそうです。
(この話を聴きながら、バックではオッフェンバックの「天国と地獄」
が流れていました)

パリがなぜ音楽の都市となったのか、その原点には太陽王と呼ばれたルイ14世と
彼に仕えていた作曲家、ジャン=バティスト・リュリの存在がありました。
ルイ14世は踊りが大好きだったので、
今日のバレエのもととなる踊りをつくりあげたし、
リュリはリュリでその踊りにあう音楽を作ったのですね。

ここで、映画「王は踊る」(ルイ14世と彼に仕えたリュリの
生涯を描いた映画)のサントラから、当時の宮廷舞踊の様子が
目に浮かぶようなリュリの作品を聴きました。

また、フランスでは古い建物を現代にもいかそうとうする
文化・発想があります。
(石造りなので、つくるのも壊すのも大変、という事情もありそうですが)
たとえば、ルーヴル美術館はもともとルーヴル宮殿だったところだし、
オルセー美術館は、もともと駅だったものを美術館にしています。

日本だと、3月末で地下にもぐってしまった東急東横線渋谷駅の
ホーム跡を美術館に、というアイデア、発想がないのでは…。
(できれば、ぜひそんなアイデアでつくってほしですが)

パリでは、建物の中庭でちょっとしたコンサートをしたりするそうで、
そういう感覚でいうと、普段は会議などを行う国際フォーラムで
たくさんのコンサートを行うLFJは、
パリ的感覚でおもしろいんじゃないか! というお話でした。

…で、本題。
ルイ14世の芸術好きも影響して、パリでは音楽院設立などが
いち早く行われたそう。
パリは近代的な音楽院のシステムを作っただけでなく、
現代にまで通じる教育メソッドもつくりあげたとか。

今現在も行われているそうですが、音楽院の試験用に
わざわざ作曲家に頼んで曲を書いてもらう習慣があるそうです。

そんな芸術的環境の整ったパリでは、次々とすぐれた作曲家が
登場するわけですが、その1人がエクトル・ベルリオーズ。

ここで、彼が1830年に発表した「幻想交響曲」から「舞踏会」と
「断頭台への行進」を聴きました。
当時からパリ音楽院のオーケストラは弦楽器と管楽器が優秀で
よくベートーヴェンの交響曲を演奏していたそうですが、
それを聴いたベルリオーズが「オーケストラってすごい!」と
感動して、独自のアイデアでこの曲を作ったそう。

ちょうどこのころ、1827年にはベートーヴェンが、
1828年にはシューベルトが亡くなり、
当時のドイツの主だった作曲家がいなくなったころに
このベルリオーズのような新しい時代の作曲家が
パリに現れたのです。

そして、1889年はフランス・パリにとって
記念すべき年でした。
この年にエッフェル塔が建ち、そのころから
パリの街の大改革が始まったとか。
またパリ万国博覧会が開かれ、産業だけでなく
世界中の文化を紹介する展覧会にしようという動きから、
ヨーロッパの音楽だけでなく、日本やベトナムなどの
アジアの音楽も紹介され、それを聴いて刺激を受けたのが
ドビュッシーやラヴェルなのです。

印象派の画家の作品が持っている色彩感とか透明感、
またジャポニズム的な題材の着目点などは、
もろにドビュッシーなどの音楽に影響を与えています。

そのドビュッシーがジャポニズムに影響された1曲として
映像第2集の最後にある「金魚」という曲を聴きました。
(金魚かどうかはわからないけど、水の中を
なめらかに何かが泳いでいるような感じはします)

印象派の時代のアーティストは、なぜか水を描くことに
関心があったらしく、印象派が書いた水をテーマにした曲が
ラヴェル「水の戯れ」なんだそう。

ドビュッシーも、水をテーマにした作品をかなり書いています。
また拍とかリズムの感じとかが、クラシックというよりジャズっぽい。
1960年代のクールジャズみたいな雰囲気を持っています。
そういう意味では当時としてはかなり前衛的な作品だったといえます。

この時代だけでなく、フランス音楽を追っていくと
その当時の政治情勢やパリの街の雰囲気、
絵画や彫刻、当時できた駅や建物など
その当時のアカデミーの考えだと絶対に題材にならないようなものを
題材にしている。
そのようなものを題材にしはじめた時代が19世紀末のパリだったのだそう。
それが今につながっているのだとか。

というところで、今日の講義は終了。
1時間があっという間です。にひひ