「結婚」したらある意味幸せだろう。
なぜなら、人はやはり孤独な生き物で、誰一人として自分と同じ人間はいなくて、自分の考えに100%共感してくれる人間もいない。つまり、結婚することでたとえ、物理的に近くにいないことがあっても、貧乏でも、精神的に満足していなくても、孤独でも、一般的に一人ではなく、二人以上の人間がいることになるからだ。
やはり、一人より二人、二人より三人。
人間は、多いほどいろんな意味で強い。
ただし、やはり自分とは違う生き物。
すべては自分の思い通りにはいかないし、自分を犠牲にすることも多々あるはずである。
人にあわせなければいけないこともあるし、自分一人だけのことだけを考えていればいいって訳でもない。
昔から孤独を感じることが多かった。
私は親にとって、仕事の次の存在。どんな犠牲を払っても自分を守ってくれる、信頼してくれる、味方でいてくれると感じることは少なかった。
ご飯をつくってくれたり、三者面談にもきてくれたり、大学にも行かせてもらったし、特に不自由なく生活させてもらったけど、私はそれは、子供を生んだなら親として当然の義務だと思うような人間に育ってしまった。
だから、自分のことしか考えない人間だから、誰かとともに人生を歩むことがどれくらい自分を犠牲にすることか、と考えてしまう。
でも、一人はいやだ。
そう考えると私ができるだけ我慢のない結婚するためには、自分にできるだけ近い考えをする人を探すべきなのか?
孤独を知っている人。自分のペースをみだしたくない人。でも一人はいやだとおもっている人。親を尊敬できない人。家庭環境が円満だったとは思っていない人。
これは、はずせないきがする。。。。
あ、そういえは、例の彼からメールが。
「もう、今後、会話を楽しいと思える気がしない。オレは会話が楽しい人が好きだから。」
彼なら自分を犠牲にできるかもって一瞬は思ったけど、実際は違うかったみたい。
前、ゲームセンターに行った時、子供をつれてコインゲームをしている親子や一人でコインゲームをしている高校生を見て「あんなものになぜお金を使うのかがわからない。なぜ子供をつれてくるのだろう。お金がもったいない」と、また冷めた人を見下すような発言をしてしまった。
何か会話をしなければと思ってちょっと無理して話したせいもあったけど、冷めてるなーってつっこみがきてそれで終わるつもりだったのに、「あれくらいのお金で楽しんでるんだからいいじゃん。帰りたくない子もいるだろうし。」って、私はかわいそうな目で見られた。
確かにいいすぎたかも。でも、なんだか会話がかみあわなかった。
他にも、なにげない会話がはずまない。何をするにも楽しければいいという考えの彼と、楽しいのも好きだけど、テンション下がって冷めてる発言もあれば、重たい話題でも徹底的に話したいときがある私とでは、温度差がありすぎたみたいだ。
家族を大切にする彼をとても素敵だと思ったけど、それだけではうまくいかないんだな。
私は結婚できるのだろうか。
何人かの人と付き合って、そのたびに、相手を選ぶ基準ができてきた。
けっしてその基準は高いものだとは思っていないけど、その基準にある人はいるのだろうか。
自分と同じくらいか、もしくはそれ以上に冷めている人。
孤独を知っている人。
自然の中でただぼーっとすることに安らぎを感じる人。
尊敬できる人。
たまには愛情をあたえてくれる人。
素の自分をうけいれてくれる人。
一番最後が難しいか(苦笑)