ネタ帳のようなブログ -35ページ目

ネタ帳のようなブログ

誰かとアツく討論したなあ…と思うと、内容は必ずお笑いだった!ということに最近気づきました。

「くよくよ」

の語源てなんだろうか。
状況にぴったりハマりすぎて、気にした事なかったわ。


言葉って不思議。

言葉は変わらないのに、その言葉を読む状況によって受け取り方が大きく変わる。

「小さいことにくよくよするな」という本が愛読書だった事があった。

まさにくよくよしていた時に読むと、涙が出るほどありがたい言葉ばかりで、何度読んでもうるうるしてた。

電車の中とかでうるうる(:_;)

あぶねーやつだわ…

なるべく、近づきたくないし。

しかし、今の通常時に読むと、うんうん、そうだよね、そりゃそうだ。って感じで終わると思う。

本開いてもいないけど。
すごくいい本なんだけど、今は読む気がしない。

それは、その言葉が流れていってしまったのだろうか。

いや、多分自分の中に吸収されていったってことなのだと思う。

強くなってる自分がそれを証明してくれている。

この本を必要としてる人がいるはずだわ。

と、思ってくよくよしてる友達にあげたいんだけど、それはそれで嫌味というか、押し付けみたいだしなあ…

結構、お節介なんだよな私…

しゃーない!
すぐに、ブックオフに売り行くか!!

なんだこのオチ!
~たかたまさひろさんのブログより引用~

「他人に罪悪感を与えて、心を操作しようとする」手段は、特に悪意はなくとも、人は無意識のうちに使ってしまっているものです。
「私はいつも他人に傷つけられてばかりいる」という人も、自分でも気づかぬうちに、他人の心を操作しようとしているものです。

心理を操作したりされたりすることでは、けっして他人とよい関係を築くことはできません。

他人に何を言われようとも、言われたことそのものが問題なのではなく、「言われたことについて、自分がどう思うか」ということが重要なのです。
 
 まず、「相手がそう言った。ただそれだけのこと」と事実を認め、自分の心はそれにとらわれないようにすればよいのです。
 
「他人に何と言われたか」によって人生が決まるのではありません。自分の意志で判断し、行動することによって決まるのです。

~引用ここまで~

『心を操作されないために』全文
http://www.h5.dion.ne.jp/~takata/21/7.html


なんか、当たり前のようだけど、言葉を受けたその時って冷静を保てなくなったりする。

「どうして、あの人はあんなこと言ったのかな」と考える事もある。

しかし、考えたって全く意味がない。

その人がわたしに向ってなぜそう言ったのか、「その時」の「その人」の気持ちにならないと分からないのだから。

その人が無意識で言ったのだとしたら、結局誰にも言葉の意味なんてわからない。

自分の心の健康のために、特に深読みしないこと。これ大事っす。

「深読み王」の冠を返還することが平和に生きる術。

そして、自分の要求が通らないからといって、人の心をどうにかしようなんて考えないこと。

みんな、それぞれの身の守り方があって生きている。

自分に利益を与えてほしいと願ってしまうけれど、それを他人に強要するなんてもってのほかだ。

人の心を変えることはできない、って当たり前のことなのに、無意識で操作しようとしたり、どうして?って悩んだりしてしまうもの。

ただその時、受け止める。
それを自分の中でうどんみたいにこねないで、そっと置くか、受け流せばいい。

自分のためになるように。


最近見つけた、たかたまさひろさんのブログ

とても読みやすい心の解読書みたいなもの

http://www.bestwish.jp/

「リンクはじゃんじゃん貼って」と書いてあったので、じゃんじゃん。
4日の「やりすぎコージー」

二丁拳銃、修士の嫁がダメな相方、小堀に放った言葉。

嫁、面白すぎ。
元芸人にしても、言葉のチョイスが南キャン山ちゃんなみに絶妙。

特に、小堀に対する厳しさが鬼嫁的な演出も相まって非常に笑えます。

もう、3人でやったらいいのに。というか、やりすぎではすっかりセットになっている。

嫁「目から血出す程面白い事考えなあかん。アイツ(小堀)は目くそしか出てへん」
的な事をおっしゃっておりまして…そこは小堀以上に私自身に刺さりました。

はは~その通り!
血、出すまで考えないといけません!
そん位深いもんなのだ。