こんにちは、個別進学塾アライン大網校室長の宮崎です。

ブログの更新が3日ぶりになってしまいました。

書きたいことが頭に浮かんでは、まとまらず、

また浮かんでは、文章化できず、を繰り返しておりました。

 

さて、今回は「負ける」ことの意味についてです。

順位づけや勝ち負けを決めることが、敬遠されるようになって久しいです。

 

わたしは「負ける」ことにも意味があると思っている人間です。

負けを知らないって結構こわいことだと思います。

連戦連勝、不敗の人生なんてありえないですからね。

負ける悔しさ、自分に足りなかったもの、負けたことから得る

学びや新たな視野があると思います。負けた人へのリスペクトだったり、

他にも様々なことが学べるんじゃないかな、と思います。

 

自分は、小学生のときに軟式野球をやっていましたが、

レギュラーではありませんでした。

これも「負け」といえば「負け」ですね。

もともと周りの子たちがほとんど入るからという理由で入ったので

それに対してはあまり悔しさはなかったのですが、

足の速さや、肩の強さ、というのが、他の子よりも劣っているな

というのがわかるわけです。

そういう現実を見て、スポーツで何かを成し遂げるのは無理だな

と自分なりに感じたりするわけです。勉強であればもう少しいけるかな、

と思ったりするわけです。

 

「負ける」ことは現実を見ることですよね。自分はあの子より

足が遅い、どれくらい遅いのか、現実の世界で競走してみないと

わかりません。例えば、50m走で、何m差があるのか、

実際に競走してみればはっきりとわかります。

 

50m走であの子に勝ちたい、と思ったときに、その差がわからないと

どんな努力をすればいいのか、対策も立てようがないと思います。

あるいは、50m走で勝つのは無理だから、マラソンで勝負しようとか

他の競技で勝負しようとか、いろいろと考えられます。

自分の想像の世界では、どんな美化もできますから、あの子に

50m走で勝つ姿を想像することはいくらでもできる訳です。

でも、いざ本番でいっしょに走ってみたら、全く歯が立たなかった

なんてことになってしまいます。

 

現実を知らない、あるいは見ようとしないまま、年齢を重ねて

しまうのは、結構こわいことだと思います。もちろん理想は

持つべきだと思いますが、バランスというか、

理想を持ちつつ、現実をみて自分という船の舵をとっていく、

というような感覚が必要なのかな、と思うわけです。

 

必要なのは、負けない世界ではなく、

「負けてそれを受け入れて現実を知って」そこから自分が

どうすべきなのか考えられる、そんな経験なのかな、と思います。

そんな経験を子供の時から積み重ねられたら、社会に出てから

理想を見ながら現実を整えていく、いいバランス感覚をもった

大人になれるのかな、と思います。

もちろん、成功体験も大事です。思いっきり勝ったり負けたり

しながら成長していってほしいですね。

 

 

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