久しぶりにとんでもないインパクトのある本に出会いました…。


文字通り、ガツンと衝撃を受けたのですが、


でも、その衝撃がとても腑に落ちるもので、


なんだか妙な安堵感を覚えました。



思考は100%現実化している


むしろ、世界は外側には存在せず、


心が解釈した世界を知覚しているだけ。


だとすると、すべてのことは


自作自演だということになります。


しかし私たちはときとして、


「こんな現実を選んだ覚えがない」という。


それは、遠い過去に思考していたことが


様々な要因が揃ったタイミングで現実化しているから。


この本の中では、それは子供の時の幼い考え方が修正されていないから起きていると説明されています。



これを読んで思い当たったことが


「両親のケチさ」について。


私は、両親に対して「あれを買ってもらえなかった」

「これをしてもらえなかった」と思っていたわけですが


それは要するに、「両親は私の願いをすべて叶えるべきだ」という裁きから生まれた不満で、


それはつまり、とてつもない期待を他人に対して持っていたということであり、要は、依存的だということ。


それが極まると、(あるいは期待したとおりにしてもらえないと)傷つきたくないという回避行動から、「自分一人でなんとかする」という方向に行く。


↑上記すべてに心当たりがありすぎて


ものすごく納得しました。


これに納得した途端、記憶が変わって


そういえば、あれもこれも買ってもらった


いろんなところに連れて行ってもらった


という記憶がどんどん思い出されました。


バドミントンのラケット、シューズ、


お年玉やお小遣いも毎月もらっていたし

そもそもそのお金で買おうと思えば買えたものばかり。


自転車、通信教育、英会話教室、書道教室、学費、交通費etc...


どこがケチなのかわからないくらい

お金をかけてもらっている


子どもの時の自分は、


すべての願いを叶えてくれないことに


ずっと怒って、両親を裁いていたわけですね…。


ひええええ。


これが世界に投影されて、兄もまったく


同じことを両親に言うということが起き、


周りにも、親の問題で困るひとが現れ、


もし私に子供がいたら、


今度は立ち場が変わり「同じことを子どもから言われる」ことになっていたのですね。



子供の時の自分に


自分の願いは自分で叶えることができる。


他人に依存する必要はないよ。


ということを教えてあげたらいいのですね。



私は、親は私の願いを100%叶えるべきだ


という裁きの他にも、


抑圧されたという気持ちもありましたが、


これももとを辿れば、


「掃除をしなさい、部屋を片付けなさい」と言われたことに対する怒り(反発)から生まれており、


子どもの時の自分はそれを「コントロールされている」ととらえた…。


その後、職場でマネジメント役になったとき、


今度は立ち場が入れ代わって


とんでもなく汚い施設のスタッフに、


「掃除をきちんとしてください」と指導し、


掃除マニュアルまで作る羽目になった(笑)


完全に、自業自得というか、自作自演というか…。


掃除くらいしようよ、小さな時の私😂


たしかに、部屋が汚かったです…。


アインシュタインも机の上がぐちゃぐちゃだったそうで、それを持ち出して、ぐちゃぐちゃだと創造性が高くなり、アイディアが湧きやすくなるなどと、

正当化までしていました。アイタタタ…


(この話も私がわざわざ自分を正当化するために、でっち上げたということですね。)


幼い頃は、その理由も意味もわからずに


命令されたということだけに反発していたのですね…。


この調子で紐解いていくと、


あれもこれも…と思い当たる節が


次々と出てきました。


たくさんのことが解明されそうです。



いやはや、素晴らしい書籍でした。



奇跡講座や、IFS(内的家族システム)


100%自分原因説、ザ・ワークなどと一緒に読むと


より理解がしやすくなると感じました。