ここ最近、一番衝撃を受けたのは、


「親は子どもの願いを100%すべて叶えるべき」と


当たり前のように思っていたこと。


そう思っているからこそ、


ほんの少しの願いでも叶えられないことを


とてもよく覚えていて、


不満が生まれるのだなと思いました…。


不満が生まれる仕組みが


こんな思い込みだったなんてorz



さらにこれは、仕事などに異常なプレッシャーと


責任感を感じるということにも繋がるわけで。


自分が他者にここまで依存(期待)していると、


自分も他者にこのように思われていると思うわけで。


そりゃ、あまりの責任感で押しつぶされるように感じて、


それならば仕事をしたくない、


ということになってしまう。



まさか、自分が他人に依存していたなんて


まったく気づかなかった。


100%完璧にわたしの願いを叶えてくれるもの


をここまで執拗に求めていたのも


納得ができるし、それが少しでも満たされないと、


文句を言ったり、ダメ出しをしたりする。



自分がしていることを、


他人からされているように感じるわけだから


(もしくは、実際に他人にされる)


他人からもものすごく期待されていて、


少しでもそれを満たすことができないと、


ダメ出しをされると感じる。



この妄想で動けなくなる。



始まりは、


「親は子どもの願いをすべて叶えるべき」

「他人はすべてわたしの願いを叶えるべき」


という裁き。


要は、そうでなければそれは完全な愛とは言えない。


愛を感じられなかったということで。


やはり、解決策は愛。



なにかをしてもらうことが愛でもない


助けてもらうことが愛でもない


なにかをもらうことが愛でもない


お世話してもらうことが愛でもない


愛はそういうことに関係なく


無条件に常にあった。


自分は結局のところ、愛されてしかいない。


愛はそこらじゅうにあった、ってこと…?



泣けてきた。