冴えない彼女の育てかた 11 丸戸 史明 加藤恵というキャラクターの『ゲーム制作』における役割 | 墜落症候群

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墜ちていくというのは、とても怖くて暗いことのはずなのに、どこか愉しい。

 冴えない彼女の育て方、11巻。このAmazonにおいても高い評価が連発しているのを見て、読めばきっと面白いだろうなぁ、と思いつつ、寝かせていたら一週間経ってしまった。
 現行、本作のAmazonの星は4・5であり、やはりラノベファンの大勢は異能バトル物には主人公の格好良さを、ラブコメにはメインヒロインの萌えを求めるものなのだなあ……と思いつつ。
 ただ、現在のAmazonの『最も参考になったレビュー』が、星三の加藤恵のヒロインとしてのテンプレ化を危惧するもので安心した。
 自分もそのレビューとは違った意味で、この巻を手放しに良いとは思えないからだ。

 前巻、10巻が星3・5で、主人公の最終的な選択には多少納得出来ない何かを感じたものの、物語としては頗るうまくまとまっていたのが、比較的低評価だったのは少し疑問だった。しかし、それはやはり9巻・10巻とこの物語のメインヒロインである加藤恵の活躍が薄かったのが理由にあると思われる。

 加藤恵というヒロインの性質の変遷については、自分はあまり問題視しない。ヒロインの特徴的な性質が解消されてしまった為に初期の面白さが薄まってしまった作品の一つとして、例えば少女漫画の『君に届け』等がある。しかし、ライトノベルのラブコメについて、ヒロインの持っている性質は変わっていくものだと思うし、今の恵についても、毒や恥等、色々と濃い味が出て来ていて、別に自分は問題があるとは思わない(好みはあるだろうが)。

 本巻の問題は、その恵と主人公の関係性が『ゲーム制作』を抜きにしても成立してしまう事にあるのだと思う。

 思い返してみれば、恵の良さというのはゲーム制作の進行や登場人物達の心情的波乱に対して、主人公から自分が一歩身を引いてでもその背中を送り出してくれる所にあったと言える。いわば、『縁の下の力持ち』的な役割を果たす事で、登場回数が少なくとも裏にその存在感を感じる事が出来たのだ。

 また、この作品の二大ヒロインである霞ヶ丘詩羽と澤村・スペンサー・英梨々はそれぞれシナリオとイラストに関してプロ水準のスキルを持っている。
 しかし、加藤恵は主人公・安芸倫也に引き込まれるまで、オタク系の作品に興味すらなかった一般人だった。
 実は加藤恵の一番の役どころはその元・素人でありながら、主人公の手引きの中で『ゲーム制作』という世界の中にドップリハマっていくところにあると思っている。
 加藤恵のシーンで俺が一番印象深いと思ったのは、7巻、紅坂朱音に引き抜かれる事になった英梨々を、彼女が涙ながらに糾弾するところ。
 倫也は、詩羽と英梨々の業界内での評価や実力を知っているからこそ、最終的には朱音の元に二人が行くという選択を尊重する。
 けれど、恵は誰よりも第一作目の制作に感情移入していて、そして、主人公と違いオタクではないから、クリエイターとして羽ばたく彼女達を素直に送り出せずに、英梨々が一緒に次のゲームの制作をしてくれないというその選択への哀しみが強く、ストレートに糾弾する事になる。
 つまり、元・素人でありながら、現在は誰よりもサークル『Blessing software』でのゲーム制作を大事に思っている(そこまで感情移入するに至った)という過程、そこまで至るまでの影響を倫也から受けて、共に歩んできたという道程が、彼女をメインヒロイン、『Blessing software』における倫也のパートナーとして仕立て上げていると考えている。『Girls Side』があるのも含めて、『ゲーム制作』における第二の主人公というか、影の立役者なのが恵なのだ。

 ……という前提の認識からすると、この巻からはその『ゲーム制作』の上での重要な役割を担っている恵、という感じが全然漂って来ない。
 まず、シナリオが進まなくなりスランプに陥って、そこで紅坂朱音に相談するのはまあ良いとしても(ただ、『創作はオナニーだ、それを見せつけてやるんだ』的発言はどうしても俺妹の黒猫の二番煎じのように感じてしまう。オマージュ?)、その後、恵と相談しながらシナリオを書くという流れになるのはやはり安直ではないだろうか。新鮮味がない気がするし、それなら初めからそうすればいいのではないか? と思ってしまう。朱音のアドバイスを受けて主人公の創作に対する姿勢が改まった、というような描写も特にない。成長が見えない。
 あと、9・10巻は感情の縺れや創作上の葛藤等、ヒロインに立ち上がる問題に主人公が苦悩したり立ち向かったり、という、シリーズ進行と相俟って大きくなってきた問題をどう乗り越えるか、という盛り上がりが少なくとも存在したと思うのだが、この巻にはそうした起伏がない(それは12巻でという話かもしれないが)。
 それに、二人のやり取り自体は大変良い雰囲気だと思うのだけれど、もう『ゲーム制作』と関係ないというか、『ゲーム制作』を間に挟む必要がないというか……普通にもう付き合って延々とイチャイチャしていればいいんじゃないの? という気になってしまう。一応、『ゲーム制作』がテーマの筈なのに、創作と物語の流れがほとんど関係ないというのは如何な物なのだろうか?
 そして、ヒロインの恵の個性が薄まってきた問題と逆行する事柄として、これまでの既刊を通して成長してきた筈の主人公の倫也が、この巻との恵とのやり取りでは初期の鬱陶しい暑苦しさを発揮するのはかなり見苦しかった。端的に言って感情移入を阻害された。倫也が最初に考えたゲーム内の主人公とヒロインのキスシーンのテキストはクサくてあまり良い出来とは思えないし。……あと、もっと根本的な所で言えば、10巻でも見られたような、倫也が目指す道、高みを目指すシリアスではなくて、ご都合主義のハッピーエンドを、という創作の方向性に共感出来ないという所もあるのかもしれない。単純に作品に心を動かされるかどうかで言うならば、詩羽のゲームシナリオも同棲より決別の方がインパクトが強かったように思う。思えば、そういう所からも『創作』よりも『イチャイチャ』という方向性が透けて見える気がしないでもない。が、作品の方向性としてはあまり応援は出来ない(作中作という意味でも、『冴えカノ』という作品そのものという意味でも)。ただイチャイチャしているだけでは起伏がなくなるし、『ゲーム制作』をテーマとして選んだ意味がなくなる。それではただの日常系アニメみたいな物になってしまうし、この作品に読者が求めているのはそこではないように思う。

 う~ん、だから、もうルート確定かと思われるくらいに熱くなる倫也と恵の雰囲気なのだけれど、倫也は倫也で初期の暑苦しい感じを出してくるは、テキストのクオリティもちょっと落ちてないか? って感じで、恵は恵で『ゲーム制作』における縁の下の力持ちであったり、影の立役者としての役割を感じさせなかったりで。
 いや、本当に二人が付き合う事で『面白いゲームが出来る』のか? という根本的な所を疑問に思ってしまう。というか、そういうシナリオでこの作品は面白いのだろうか?
 俺はただ単純に、主人公とヒロインが甘い雰囲気になってイチャイチャしてデートしてキスして……みたいな展開はこの作品に求めてない。あくまで『ゲーム制作』というラインに沿って、二人の関係が成熟していくのを見たいと願っているし、そういう意味では今巻は『確かにアニメ化から人気のメインヒロイン加藤恵の魅力は強く出ていたかもしれないけれど、冴えカノという作品の主軸からするとどうなの?』という、次巻でどういう展開に引っ張るかだな……と眉を顰めて唸ってしまうようなそういう巻だったという印象が強かった。『ゲーム制作』がテーマ……と考えると、やはり恵というキャラが一番強く立っていたのは第一部の7巻だったのだろうか。次巻からの巻き返しに期待。

 

冴えない彼女の育てかた11 (富士見ファンタジア文庫)