第47話。『寂しがり』。
「それでは――それでは大胆に仮定するとしましょう。あなたは実は寂しいだけなんじゃないですか?」
マリーの言葉にアウロラはフンと鼻を鳴らし腕を軽く組んだ。
「お言葉だけれど、それは私の人生じゃなくて、あなたの人生についての言及ではないかしら?」
「そうですよ?」
マリーも痛々しい笑みを浮かべつつ、いっそ胸を張る。
「私は『幻想種』のメドゥーサの血が混じっていますが、私も含め、人間というのは自分の人生の中で色々なことを経験しながら、自分の考えを形成していくものです。その考えを通して、どうしても人を見てしまう。
ある人間Aさんに対して、まったく別の評価をくだすBさんとCさんという人間がいたとします。それはBさんとCさんの人生経験を通して、Aさんを見ているからであり、だから、つまり2人はそれぞれ別の色眼鏡を掛けて、Aさんを見ているのであり、それはAさんについて、BさんとCさんが別の形の『誤解釈』を持ったという風に言えるかもしれない」
「それでは、あなたの言うことも、所詮はあなたの人生経験によって歪んだ形で見える私の姿に他ならず、信用ならないってこと?」
「いいえ? 逆にこう言うことも可能ですから。
BさんとCさんは、Aさんに対する、新しい見方を――その瞬間に『発見』して、世界にその『可能性』を提示したのだと」
「……随分と大きく出るのね」
「嬉しそうですね。『運命操作』なんてことを言い始める女神よりも、私の方がずっとマシだと想うのですが……。
そう。そんなあなたに、1人きりで生きてきたあなたに私は問うのです。
もしかして、1人で生き過ぎてきた為に、逆に自分というものが分からなくなってしまったのではないか? と」
「ここからが本題ね」
「……そういうことになりますね。
私も、アウロラ、あなたに対して1つの『見方』を提示します。即ち、あなたはただ、寂しがっているだけの存在なのです」
「それじゃあ、私のどこが寂しがっているっていう訳?」
「流石に私だって『運命の女神』だなんて、出鱈目な存在の寂しさの在処なんて知りませんよ。私が言えるのは、私の人生についてだけです」
「だからそれは、結局、あなたの人生についての言及に過ぎないんじゃないの?」
「……私は数十年間、ずっと1人ぼっちでした。1人になった理由から、私は人間に対する憎悪と恐怖を膨らませていましたが、単純に1人でいることを、不安に寂しくも想っていました。
ジャンと出会った時、初めて分かりました。私は、ずっと他人と出会うことを、実は心の奥底で求め続けていたことを。
そのように、本心とは見えないものです」
「同様に、私が誰かとの接点を心の底では追い求めていた、と。だから、あなた達をここに呼び寄せたのだ、と」
「……そういうことです」
「あなたと私では、『前提』が違う」
「『前提』?」
「何故、あなたの心には寂しさが発生したのか? それは、両親を殺される前の幸せな記憶が、暖かみのある記憶が、ずっとあなたの心からこびりついて離れなかったからよ。だから、同様に暖かさを与えてくれる人に、あなたは依存せずにはいられない――」
「……お前なんかがマリーの心を汚すなよ?」
笑顔で心底怒っているような、そんな発言をしたのはジャンで、それはマリーとアウロラの問答の途中であるというのに挟まれた、もう完全に沸点に達する限界ギリギリの状態みたいだったが、マリーはただ、小さく悲しげに首を振った。
「ありがとうジャン。……でもいいんです」
「続けましょう。寂しさが生じてしまうのは、『前提』として暖かみのある生活を知っていたから。あなたの人生からの問いかけではどうしてもその要素が生じてしまう」
「アウロラ。あなたの場合は違うとでも言いたいのですか?」
「でも最初から1人であることを『前提』として完全に創られた存在がいたとしたら? そんな存在には、果たして寂しさなんてものが生じうるかしら?」
「……なるほど」
マリーは一歩下がった。
「私はここまでのようです」
マリーは引き際を心得ていた。これはあくまで団体戦であり、しかもアウロラを暴くことが最終目的ですらないのだ。これはただ単なる時間稼ぎの為の余興――キドが案を想い付くまでにアウロラに捧げる、ただの暇潰しの問答だ。
そして、『メカクシ団』全体に宣言するように、アウロラは言った。それは、どこか蕩け落ちたような『堕落した慈愛』とでも呼ぶべきおぞましい表情だった。
「ねえ、『子供たち』? 私はあなたたちのことなら何でも分かるのよ――」
コノハは発生直後にこのアウロラに話しかけられた記憶を想い出し、そして、自分の人生を余すところなく知られている悪寒に身を震わせた。
そして、問答は続く。
次の手番は――。