あきらめちゃんの人生絶望。絶望。その1。 | 墜落症候群

墜落症候群

墜ちていくというのは、とても怖くて暗いことのはずなのに、どこか愉しい。

 絶望(あるいはWith or VS 明判明視/苑宮絵事/夜の女王/明判哲芽)

 しあわせな日々と比例するようにわたしはぼーっとするようになる。それは幸せを噛みしめるというよりかは、自分の中のこころのやみに浸るかのような時間だった。

 ――本当にこれでいいのかな?

 ということを、おそらくわたしはずっと感じ続けている。
 周囲のみんなは確かにやさしい。だけどやさしければやさしいほど、それがぬかるみお兄ちゃんによって与えられたものだという事実が、どうにもこころをむしばむ。
 わたしは一体、何が気に入らないというんだろう。
 もうちょっと均衡を保っていたはずだったんだ……わたしは。あきらめちゃんとして、正義の使者のように振る舞っていた頃は……。寒馳ちゃん、鳥部名ちゃん、色ケ島ちゃんとの関係も自分でつかみとった、つくりあげたもののはずだった。しかし、もう彼女たちは普通の友人と変わりがない。当たり前の生活を送る当たり前の少女であることにわたしは不満を抱いているのかな?
「……そんなことは問題の本質じゃない。わかっているんだろう? 哲芽」
「あかるみお兄ちゃん……」
 この泥濘のような生活にハマってから、度々あかるみお兄ちゃんの声が聞こえるようになった。むろん、これらはすべて頭の中での会話だけれど……わたしはこのお兄ちゃんの声がなんなのか、深く考えることが怖くて、それを避けていた。
「お前は強さを失った……残念だよ」
「強さなんて、わたしは求めていたワケじゃないもん……」
「そうだね。それは僕による押し付けだった。強くなって欲しい僕が、お前に与えた運命だった。つまり、お前は僕を捨てるワケだね。長く過ごしてきた僕との運命よりも、デザイアの与える、生暖かい関係の方がお好みなのか」
 お兄ちゃんの人生について考える。
 あらためて、考えてみる。
 多分、私を強引に犯したのも、目の前で自殺したのも全部全部仕込みだった。だとしたらやさしくしてくれたお兄ちゃんというのも全部演技で、わたしはそれに死にそうなほどショックをうけたよ。
 でも、その演技を、お兄ちゃんはいつから続けていたっていうんだろう? たぶん、わたしが物心付くころから? それをやるって決めていなければできなかったことだ。あかるみお兄ちゃんは文字通り、わたしに人生を捧げた。それは歪みきった愛だったけれど、それは確かに過剰な荷重をわたしにもたらしたはずだった。なのに、どうしてわたしは、こんなにのうのうと、生きていられるんだろう。
「お前、本当につまらない奴になっちまったよな?w お前ほどくだらなく落ちぶれたどうでもいい、クソッタレは久しぶりに見たよ……今のお前は俺が殺す価値もないな。
 結婚したみたいに人生の墓場状態、平穏に拘束されて死ぬまでそのままかよ……w 笑えるなあ明判哲芽――いや笑えねえよ(笑) あきらめちゃん。俺を殺したのに、それで終わりか?」
 わたしは数え切れないほどの罪を犯してきた。なんとか生き延びるために神待ち少女的なことをやりウリをやったし、そういう場所にやってくるクソッタレな男をあきらめさせてから殺していたし、わたしがあきらめさせた人はほとんど結果的に死んだり居場所をぶち壊したりしてきたし、単純にわたしだけこんなしあわせと平穏を享受できるというりくつがない。
 わたしは絶望と共に歩む少女であるはずだった。
「妾も今のお前と共にあっては、格が下がってしまうなあw」
「……あなたは誰?」
「夜の女王」
「どこかで声を聞いたような気もするけれど……」
「お前の噂を借りて、能力を真似て、今も夜の街で神隠しみたいな殺戮をくりかえす、そんな幻想だよ」
「な、なんでそんなことを……?」
「妾はそういうものだから。ただ拡大を目指す噂そのもの……だからやることは黒ずんでいるくらいが丁度いい」
「わたしの名前を、騙らないで……!」
「いいや。ねえ、哲芽。君はイマジナリーフレンドって知ってる?」
「なにそれ?」
「僕が語れることである以上、君もどこかではちらと目にしたことがあると思うんだけれどね……」
「どういうことなのっ」
「統合失調症の一症状だよ。
 つまりこの僕、明判明視も、苑宮絵事も、夜の女王も、お前の頭が作り出した病気なんだよ?」
「…………え?」
「禍摘戦で苑宮絵事の過去の経験記憶を借りて、作戦を立てたのだって実はお前だし――禍摘以上の殺戮と闇を撒き散らし続ける、夜の女王の行いだって元々はお前だったんだよ?」
「え、……」
「なんかよくある症状なんだって。自分の破壊衝動とかどうしようもない感情を、他の人格に押し付けることによって、自分の正当性を保つ……全部お前がやっていたことなんだ、哲芽」
「まあ確かに俺もその可能性については肯定するぜ?w あきらめちゃあん……絵器子のコピーライトがあまりに正確だったせいで、俺は完全性を保持しているが、あくまでそれは記憶でしかないはずだった……つまり、俺に人格を与えたのは間違いなくお前だよ」
「え、うあ」
「だから、お前はこんなに幸せな生活を続けながらさ、大量殺戮を続けているんだ。望み通り、人類を滅ぼそうとしているんだ。でも、そんなお前には一貫性がないだろう? そんなお前は美しく強くないだろう? そんなのは僕には我慢ができないんだ」
「うるさいなっ! 全部全部押し付けじゃんか! お兄ちゃんの強くなれっていうのも押し付けだし、絵器子さんだってわたしに、絵事くんなんて重くて黒いものを押し付けてきた! 夜の女王だってなんかわたしって存在を誰かが脈絡なく使ってるだけだ! わたしってどこにいるの?!」
「……そんなのどこにもいない」
「……あなたは?」
「あなたこそ、イマジナリーフレンドだよ。あきらめちゃん。
 私こそが明判哲芽。
 そう……私は世界を滅ぼしたいくらいに膨れ上がった憎悪を自分でどうしようもなかったの。
 だから、仮人格を用意することにした。
 元々、人をあきらめさせる時には、ハイテンションっていうか、どうしようもない感じの演技をしていたワケだし……丁度いいかな、って。私は自分を壊さないために、一度あなたにすべてを預けた。
 ……でも、そろそろ返して? こんな平穏、私と明視お兄ちゃんの人生への、冒涜だからさ」
「もう、みんな黙ってよ!」
 それじゃあ、わたしって一体なんだったの? こんなにも色々な人の思惑が混じり合って、押し付けられて、裏では人を殺しまくっているのに、どこか正義のヒロイン気取りなわたしって一体なんなの?! わたしは誰なの? わたしはどこにいるの? わたしは――いったい、なんなの?
 わからない。
 わからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからない。
 そして、わたしはそもそも偽物にすぎない――

「あきらめちゃん。どうしたの? 大丈夫だよ。茉莉も皆も、ずっと一緒にいてあげるからね……?」

 ふんわりとやさしい香りとあたたかさが、わたしを包む。
 でも、わたしをこれ以上さあ――

「侵食しないでっ!」

 わたしはわたしなんだ他の誰でもないんだ、どうしようもなくわたしなんだ、誰にも明け渡しはしない。明視お兄ちゃんが嫌いだった。わたしに強さを求めるから。苑宮絵事が嫌いだった。あいつは純粋に気持ち悪かった。夜の女王が嫌いだ。勝手にわたしの名前を騙らないでよ! 明判哲芽が嫌いだ。お前こそ偽物だ。死ね。

 そして、デザイアが用意したこの生活とこの少女も――わたしを侵食するナニモノかだ。

 気が付くとわたしは――

 ずっとしまいこんでいたらしいハサミを取り出し――

 色ケ島茉莉ちゃんの首に突き立てていた。
 彼女のことを刺殺した。