カゲプロ想像小説リライト。第41話。「それでも、諦めないで!」 | 墜落症候群

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墜ちていくというのは、とても怖くて暗いことのはずなのに、どこか愉しい。

 第41話。「それでも、諦めないで!」



 コノハはその瞬間、ドロリと身に絡みつく圧力を感じた。

 考えてみれば、Cを始めとする部外者を、『可能性世界』の創造主たる『あの目』が見過ごすはずがない。

 それが許されたのは、あくまで外部のエネのサポートにより、一時的に『あの目』の権限が制限されていたからに過ぎない。

 しかし、今そのサポートも途絶え、もうこの世界の『支配者』たる彼を弱める要素は何1つ存在しない。

 それを理解した瞬間、コノハは『あの目』に殴りかかっていた。

 全力の『あの目』に渡り合える可能性があるのは、この場で自分だけだということを、コノハは直観で理解した。

 けれど、想い切り殴りつけた右拳は、目に見えない斥力みたいなものに弾かれてしまった。

 何度やっても同じことだ。

 力は同等であり、押し勝つことも押し負けることもない。

 圧倒しなければ1つもこの状況を打破することが出来ない。

 膠着状態に陥るコノハと『あの目』。

 しかし、その状況下で『あの目』は更にコノハの弱点を突く為にカードを切る。

「知ってるぜ……コノハ、お前がヒビヤを助け損なってゾンビみたいに項垂れているのはなぁ……」

 聞いているだけで耳が不快になるようなそんな声色で『あの目』は言って、そしてコノハの背後で悲鳴が弾けた。

 『可能性改変』という『あの目』に対抗する能力を持つコノハは、『あの目』の『可能性創造』の力の流れのようなものを感じることができる。

 コノハには見ることなく、背後で起きた惨状が理解できてしまい激しく同様した。

 それは比喩的に見るなら、キドの身体を水面に見立て、誰かがそこに石を投じて波紋が出来たように見えたかもしれない。問題としてはその波紋の円が、大きさの異なる風穴となり、キドの向こう側が見えているという点だった。

「か、はっ……」

 キドは何を起こっているかを理解する暇もなく絶命した。穿たれた穴から血液が凄まじい勢いで流出しており、キドは吐血することすらできず、吐くような息だけを残して息絶えた。

 コノハはその瞬間、『創造』された『可能性』を『改変』『消去』し、キドを蘇生するが、次の瞬間にはカノの顔が下顎を残して吹っ飛び、それを蘇生した瞬間、ジャンの上半身と下半身がズレ落ち、マリーの身体が縦に割れ左右に別れた。

 コノハは悲鳴を上げながら、『可能性』を『消去』し続ける。

 あくまで『あの目』との現在の能力は拮抗していたが、コノハが生き返らせる度に、メカクシ団及びヒビヤとヒヨリが絶命を繰り返したので、彼はまるで自分自身が彼らに拷問を与えているかのような錯覚にすら陥り、恐慌に堕ちそうになった。

 コノハは自分以外の生命が目の前で失われることには殊更過敏だった。

 それに自らも加担しているようにも想ってしまうような今の状況では、すぐにコノハの精神は脆く崩れ落ちてしまいそうだった。

 恐慌の中でもコノハは尚の事勢いを増して、『あの目』の貼った目に見えない障壁に拳を打ち付け続ける。

 しかし、『あの目』はその拳に乗る『改変』力が今までよりも乱れてきていることを見抜いていた。

 『あの目』が勝利を確信したその時、コノハの背中を何か暖かいものがギュッと握った。

「C……?」

「心配で来ちゃいました」

「ダメだ、君まで奴に……ッ!」

「私、何回殺されても、別に構わないよ」

 本当に、Cはそんなことは全然気にならないという風に言った。

「ねえ、コノハは凄い優しいんだと想う。

 人が死ぬのを、我がごとのように苦しんじゃうんだ。

 それが、私には分かるよ」

「……C」

「それでも、諦めないで!

 それで、自暴自棄になるのは、間違ってる。

 コノハ。勝つの! 全部を救う為に、どんなに苦しくても、悲しくても、辛くても、今は膝を屈しちゃダメだよ。

 絶対に、負けないで!」

 その瞬間、Cの身体はぐちゃぐちゃに弾け飛んだ。

 コノハは歯を食いしばり、拳を握りしめた。

 ……ごめん。

 コノハはCに謝ったが、それは多分、Cが殺されたことに対してではなかった。

 ――不甲斐ない、自分についてだ。

 たった今わかったことがある。Cが伝えてくれたことがある。

 もうコノハはCを含む仲間と呼んでいいほど近しく今は感じる人たちの蘇生をしなかった。

 勝つんだ! とコノハは持てる限りの気迫を以って『あの目』に臨む。

 男には、絶対に負けちゃいけない戦いがあり、それが今なんだ!

 コノハは全勢力を以ってして『あの目』に殴りかかった。

 バイスが危惧した可能性――それはつまり、『あの目』を押しとどめる為にはコノハに相当のスペックを積まなければいけないことだった。常軌を逸した500人の『人造人間』の魂の付与により完成したコノハのあまりのスペックの高さにバイスは『物理的な接触』の機能を奪わなければならなかった。

 しかし、その制限はエネの手によりもう消え去っている。

 コノハはそれでも、力に無意識に制限を掛けていた。

 彼の優し過ぎる心は、どこかで『あの目』の生命を奪うことすら――憎い敵を打ち倒すことすら無意識下で躊躇させていたのかもしれない。

 それでもコノハはそんな自分の弱い心を今だけは振り切る。

 必要なら、今だけは捨ててみせる。

 背中を押してくれたCのために。ヒビヤとヒヨリのために。お人好しなメカクシ団たちのために。

 彼を信じてくれる『仲間』の為に!

 コノハは跳躍し、身体を大きく捻り力を溜め、まるで大きな槍を振り下ろすように『改変』力を拳に宿し、全力で放った。

「くッ――うおお?!」

 『あの目』はその力の強大さに恐怖し、『斥力』を『改変』の槍の対処の為に集積してしまう。

 地上に降り立ったコノハは『可能性改変』により、瞬時に『あの目』に漸近していた。

「お前に何故、それほどの力が与えられる……これまで散々、無力を気取ってたお前が!」

「私にもやっと分かったんだ。

 『力』の使いどころも、『力』を持っていることの意味も!」

 『仲間』がいないお前に、それが分かってたまるか!

 そんな想いを全て拳に乗せ、コノハは『あの目』に叩き付けた。

 『あの目』は『影』が蒸発するように消え去った。

 そのあまりのあっけなさを、逆にコノハは不自然に想えたけれども、今はそうした些事を気にしている余裕のある場合でもない。

 すぐさまメカクシ団、ヒビヤ、ヒヨリ、Cを蘇生させ、

「なかなか重いな……死ぬってのは」

「うーん。まあそうだね? でも貴重な経験だった」

「そんな物珍しいみたいに言うな! 2度と経験してたまるか」

 と誰ともなく呟き合うメカクシ団の団長と副団長に構うことなく、『仲間』全員に手を伸ばす。

「もう時間がない。急ぐよ、皆!」

 8人は空中に浮かび上がり、『創造主』を失い、崩壊していく『可能性世界』を尻目に、猛スピードで急上昇しこの世界を脱出することに成功した。