■『可能性世界』2 | 墜落症候群

墜落症候群

墜ちていくというのは、とても怖くて暗いことのはずなのに、どこか愉しい。

 Cから少し遅れて、『ヒビヤが生きている事が確定した』、『可能性世界』33000周目に入り込んだ、俺『キド』の率いるメカクシ団。
 しかし、『ヒビヤ』に格好付けたのは良いが、これはなかなかに多勢に無勢だ。
 今や俺達は100を越える複数の『陽炎』に『ヒビヤとヒヨリ』を中心にして、包囲されている形になった。全方位を守らなければいけないので、俺達は連携を崩され、俺は持ち前の格闘で一体一体『陽炎』を打ち倒し、カノの『トリックアート』はどうやら『陽炎』にも有効であるようで、死角から『陽炎』の急所らしき場所を狙う。マリーはちょこまかと動き回りながら(そして時折コケながら)『陽炎』一体一体と『目を合わせ』石化していた。ジャンもあまり切れはないが『田舎流喧嘩術』のような物を駆使して、『陽炎』とやり合っている。
 やはり、多勢に無勢。
 俺達が『陽炎』を消失させても、『あの目』の周りには次々と『陽炎』が湧き上がってきやがる。
 俺が苦々しい物を噛み締めていた時、更に絶望的な報告がトガから入った。
「エネが……エネが!」
「すいま……せ……皆さん、『あの目』に『可能せ…………コントロ……奪わ…………」
 ノイズと共に通信が切れ、同時に『あの目』がこれ以上ない程に残虐に顔を歪める。
 現時点まで、『メカクシ団』に、『陽炎によるループ』で何万回も『ヒビヤとヒヨリ』に与えられていたような『死の宣告』が為されなかった理由は、ただ『エネ』が『可能性世界』の『コントロール』を奪っていたからだ。つまり『可能性世界』での『あの目の権限』を『制限』していた形になる。『エネ』が『あの目』に逆に侵食され『コントロールを奪い返された』今、『メカクシ団』を『死の宣告』から守る物は何もない。

 ――そして『あの目』は一度指を鳴らし――。


 まず、メカクシ団団長『キド』が何もない上空から現れた『工事現場の資材』、その限りなく鋭利な先端を垂直に頭蓋に受け、まるで魚に串が通されるように、そのまま背骨の方向まで突き抜けた。――即死。
 次に『カノ』の頭から5メートル程離れた位置に、魔法のように拳銃が出現。誰もいないのに勝手にその引き金が弾かれ、螺旋する射出弾は、カノの脳髄を辺りに撒き散らした。――即死。
 続いて、『ジャン』と『マリー』へと、突然、2トン車トラックが横転しながら突っ込み、二人は為す術もなくハエ叩きに叩かれた虫のように圧迫され、肉塊のペーストになった。――両者とも確実に即死。

 ヒビヤは必死に嘔吐を堪えながら、目の前で『正義の味方』の生命が散っていく瞬間を、絶望的な面持ちで見守っていた。

 そして、『あの目』の魔の手が遂に、『ヒビヤとヒヨリ』に伸びようとした所で、本当の『真打ち』が登場する。

 その性格上の都合から、いつも『出遅れる』彼は――。

「今度こそ誰も、終わらせない」

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 決意に満ちた言葉を吐いた。
 ヒビヤはその名前を知ろう筈がない。ついさっき会ったばかりなのだ。それまで『可能性世界』内ではヒビヤは『彼』の事を物理的に観測する術がなかった。
 しかし、ヒビヤは天啓のように頭に沸いたその名前を、ただ一言呟いた。

「コノハ?」

「そうだ、ヒビヤ。私はコノハ。

 本当に遅くなってしまったけれど――今度こそ君たちを、助けるから」

 コノハが『何か』を握り締めるような動作をする。瞬間、『可能性は選択』され、キド、カノ、ジャン、マリーの四人が復元した。一度殺された彼らの心象は『なに今の』というカノの端的な吐きそうになっている言葉が表していたが、それでも彼らも『コノハ』の出現を歓迎する。

「――遅すぎだぞ、お前。『重役出勤』にも程がある」

「ごめん。でも、今度こそ私が終わらせる」

 コノハが周囲を手で払うような動作をする。『可能性創造』によって造り出された『陽炎』がコノハの『可能性の選択』により次々と消え去った。


「――――さあ、EB5757、そろそろ決着を付けよう」


 コノハは一言吐くと、一気に跳躍して、『あの目』との距離を詰めた。コノハが繰り出すのは単純な殴りだ。何も込められていないかのように見えるそれには、『幾重にも重なった』彼の祈りが込められている。
 対する『あの目』はまるで防御壁を張るように、『自らにコノハの拳が届かない』という『可能性を創造』し、張り巡らせる。斥力が破裂した。この拳には彼の全てが込めてある。Cを助け、そして、彼女に助けられ、一度は絶望しその生存を諦めたヒビヤを、ようやくその手に取り戻したのだ。
 ヒヨリとヒビヤの悲劇は、お前を消す事で終わる――。

 『コノハ』の『可能性選択』を込めた拳と、『あの目』の『可能性創造』を込めた防御壁がぶつかり合い、じりじりと押し合う。
 『コノハ』は『可能性世界』の為だけに『造られた』、『人造人間』である。『物理干渉』を奪われていたのは、逆説的に言えば、『可能性世界』内では『コノハ』は『あの目』を凌駕するスペックを誇るという『可能性』を示唆する。
 しかし、コノハは、ジリジリと『あの目』の防御壁を押す自らの『拳』――その結果が単なる『スペック比』によりもたらされた物ではない事を知っていた。
「な、何故だ?!」
「お前には一生分からないよ」
 『あの目』の防御壁を遂に打ち破ったコノハの拳はそのまま振り抜かれ、『あの目』の左頬をそのまま打ち抜いた。

 コノハは『あの目』の内部に自らの『可能性選択』の力を侵食させると、『あの目』がその『能力』を持たないという未来を力付くで選択する。『可能性世界』の『創造主』たる『あの目』の能力が喪われた事で、『可能性世界』は崩壊へと向かっていく――。

「急ごう! 皆! 手を出して!」

 コノハがメカクシ団と、ヒヨリとヒビヤに手を差し伸ばす。
 6人がコノハの手をしっかりと握って、『彼ら』は一つの流れ星のように宙に舞い上がり、『可能性世界』を脱出した。


 ■VSヘッドノック  1


 しよんさんのイラスト入れました! 何かイラスト入るとぐーんと格好良くなりますねw


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