■『圧縮版』。 | 墜落症候群

墜落症候群

墜ちていくというのは、とても怖くて暗いことのはずなのに、どこか愉しい。

そんなレスを付けられた相手は、酷く憤慨していたようだったが、私だって『死んじゃえば良いのに!』等と軽々しく言える娘ではなかったのだ。つい数時間前までは。私の気持ちが知りたいというのならば、『人造人間』に改造された上で一年間モルモットとして実験施設めいた都市で暮らした上で友人を都市毎焼き殺され、自身もモルモットにされ、現実の身体を亡き者にされ、そして、生涯で一番強く印象に残った『哀しい笑顔』の少女の似姿に成り代わってみれば良い。そうすれば私の『死んじゃえば良いのに!』と想わず言ってしまう心象が理解出来る筈だ。――勿論、お勧めはしないけど。その日は殆どネット世界を電脳体のまま彷徨い、この世界に慣れる事だけで、時間がすぐさま過ぎ去ってしまった。ネット内の時間が深夜を指したので、私は仮初の身体で眠る事にした。電子的な糸を編み、ハンモックのような物を作ると、私はそこに横になり眠った。爆破で散り散りになる『マグ』と『ユノ』の姿がイメージされ、それをとても『物悲しそう』な表情で見つめる『ルナ』の心象風景に、私は飛び起きた。私は時間を無駄にすべきではなかった、と後悔した。電脳体にさせられたとはいえ、私は私なのだ。まずは、あの『白衣の科学者に一泡吹かせる』事を考えなければならないだろう。私は自身の『電脳体としてのスペック』を確認する事にした。私はファイアフォックスを駆り、インターネットホームページにアクセスして、そのプログラミング構造まで忍び込み、クラックしてホームページの表示をぐちゃぐちゃにした上で修復するという行為をありとあらゆるサイトで試した。次にメーリングソフト、サンダーバードに乗り飛翔し、自分に与えられているアドレスから、他人のアドレスへと侵入し、ありとあらゆる情報を覗き込んだ。ココら辺でやっと私という電脳体の出来る事が把握されてきた。プログラムや他人の情報の内部構造に忍び込み、情報を盗み見、時にはハッキングを仕掛けて内部構造から掌握、プログラミングを書き換えて、クラックしてデータその物を分解破壊。私は腕試しに『ファイアウォール』に挑戦してみる事にした。初日はドーム状の壁を覆っている、青白い炎が理解出来なかったが、そもそもあのドーム状の物は、無数の『ストローの切り口』のような物で構成されている。ストローの切り口の一本一本が『個人のパソコン』に通じており、そのストローから、人間は『インターネット』にアクセスする訳だ。普通、インターネットから他人のパソコンには侵入出来ない。それは『ファイアウォール』という物で守られているからだ。それがあの青白い炎の壁である。私は初級的なウイルス『トロイの木馬』を組み上げ、ファイアウォールの一部の破壊を試みたが、案外あっさりと侵入出来たので拍子抜けしてしまった。これが私という電脳体に与えられた『スペックの高さ』なんだろうか?ふと興味の引かれた私は、このストローの先はどんなパソコンの持ち主に繋がっているのだろう、とつい確認しようとしてしまった。これが間違いだった。ストローの先に至ると、私はパソコン画面に躍り出た。画面の向こう側には鬱々とした感じの血色の悪い青年がおり、電子少女的な私の風情に少しの間驚愕の表情を浮かべた後、素晴らしく気持ちの悪い満面の笑みを浮かべた。私は生理的な嫌悪感を拭えず、すぐさま『ホームボタン』を押し、エスケープを試みる。周囲の視界が一気に移り変わり、気が付くと、私はあのドーム状のネット世界ではなく、更にその前の世界――つまりは『科学者』のパソコンの中へと舞い戻っていた。画面の向こう側に科学者の姿はないようだ。――これはもしかするとチャンスではないか?私はすぐさま、『科学者』の研究成果のログにアクセスした。流石に手強く、高度なウイルスを撒き散らし混乱を誘い、現れたコンソールに13桁のパスワードの13の13乗のパターンを一瞬で『試行』した。パスワードを打ち込む制限回数はハッキングで適当に誤魔化す。すると何とか忍び込めた。まず、終末実験の人造人間の死者数だが、1000人の内、800人にも上ったという。『マグ』と『ユノ』には勿論生きていて欲しいが、客観的に考えると存命はかなり厳しかった。私は苦い表情になるのを抑え切れない。暗く何処までも落ち込んでいきそうな気持ちに耐えつつ、続いて、『ルナ』の情報を調べてみる。『科学者』が直接管理している人造人間だけあって、先程の情報よりは管理が厳しかったが、一度ログにアクセスしてしまえば、上位者権限を乗っ取るのは比較的難しくなかった。――良かった。取り敢えず一つは胸を撫で下ろす。『ルナ』は私がいる『研究施設』とは少し離れた『研究棟』で監禁されているらしい。少なくとも今はまだ生きているようだ。そしてその時、私の目の前に一つの新しい『研究データ』が舞い込んで来た。データの名称には『第二実験』とある。『可能性世界』と呼ばれる場所で行われるその実験の余りの劣悪さに私は身震いをした。第二の『私』を絶対に生んではいけない。私が固く『白衣の科学者』への反乱を誓った所で――。唐突に『研究データ』のログへのアクセス権限を取り上げられ、『科学者のパソコン』内へと再び放り出された。「お前は僕の言う事聞いてなかったのかよ?!ただでさえ忙しいってのに!!」そこにいたのは『年若い科学者』であった。前回見た時の数倍増しで精神を苛つかせているようだ。ヤバイ、と私は想う。見つかる事を想定していない訳ではなかったが、いざその時、どうすれば良いのか、それを全く検討してなかった。咄嗟に私はネット世界に逃亡を図ろうとしたが、『科学者』はその前にパソコンからLANケーブルを抜いてしまった。『象徴』としてのパソコン内の『ネットへの穴』もそれと同時に消える。退路は絶たれた。「僕は言った筈だ。お前は用済みだと。別にすぐ消去する必要はなかった。だが、状況が変わった。お前単体に何が出来るとも想えないけど、今この状況でウロチョロされるのは大変目障りだ。お前以外に対処しなきゃいけない事が多過ぎなんだよ!今!――だから、もう面倒臭いからお前の事は今消すよ」『白衣の科学者』はキーボードをカチャカチャいじり始める。私は恐怖した。電脳体である私には、それを押し留める術はない。画面上に『本当に消去しますか?』という表示が浮かぶ。私の精神は闇に染まっていくようだった。ここで終わりなのか。ここでまた私は殺されるのか。『二度目』の死を迎えるのだろうか。何も出来ないままに。『マグ』と『ユノ』の仇も取れずに!『ルナ』と再びまみえる事も出来ずに!『白衣の科学者』は全く躊躇なく、その手を――。■鍵のかかった部屋。7話。何か親父さんが可哀想過ぎる……。あんな狂った兄貴は、そりゃ殺すよw そういう可哀想な犯人に対しても、何か主人公たちはさっぱり風味で、結局このドラマの肝は『密室』を暴く以外の何者でもないんだな、と再認識。最後探偵役の後ろで狐火が燃えるのって、この人が『人を殺した』って演出じゃないよねw ホラー的なあれだよね?w 鍵のかかった部屋のラストには毎回意味深な演出が入るんだけど(探偵役関連)、ここら辺の伏線はちゃんと回収されてくれるのかなあ……。■『実験の裏側』/ヒビヤとヒヨリ■■8月14日11:50『実験都市』内『丘の向こう』ヘッドノック頭の中を極上のクラシックが流れているようだ。ありとあらゆる悲鳴と混沌が、目の前の都市では展開している!現時点で垂涎モノだ!これこそが私がこれまでの人生を上げて追い求めてきた『愉悦』そのもの!一年間、じっくりと『実験都市内で日常生活を送らせ、純粋培養』した苦労の結果がこれだ!これだから『実験』は辞められないのだ……!そして、この『丘の上』に到達する『成功個体』が現れた時、『最期の収穫』は訪れる。もし、『成功個体』が現れなかったとしても、12:00丁度に、あの馬鹿げた『偽装された終末宣言』の通りに、『実験都市』は終焉を迎えるのだ……!その時の事を想像すると、ヘッドノックは今からでもこれまでの生涯ではありえなかった『心からの笑み』を浮かべそうになるが、それはもうちょっと我慢する事にしよう。クライマックスはもうすぐだ……!■8月14日8:00『実験都市』内『白衣の科学者の研究棟』ルナ牢獄から出された時、『私に与えられた使命』もようやくこれから達されるのだ、という安堵が胸を満たす。『終末実験』において、『人造人間千人』を襲う悲劇に、同じ『人造人間』として、胸が痛まぬ訳がない。しかし、私は本来の気質なのか、自分の『運命』を『何事も言わずに受け入れ、ただ享受し、淡々と執り行う』事をある種の美徳とした。そうしなければ、『自分の人生の意味』等という、どう考えても答えの得られない『思考の袋小路』に嵌ってしまいそうだったし、そうやって『諦める』事で『心の安寧』を得なければ、きっと『私の精神』は耐えられなかっただろうと想う。しかし。今時刻は12:00を指し、目の前の私と同じ『声』を持つ少女が、必死に私に語り掛けてくる。彼女の『友人』を殺した『実験』に協力したと知ってなお、私に懸命に話をしようとしていた。何故、ここまで彼女は懸命なのだろうか?同じ『声』を持っているのに、きっと彼女は私とは違う『考え方』を持って生きてきたに違いない。その時、彼女の懸命な叫びに私の『諦観で支配された』心に、一筋の光明が確かに差し込んだように想ったのである。幸せな結末なんてありえない。『白衣の科学者』の力は圧倒的で、微塵も『人造人間』の反乱の隙を与えない。――しかしそれでも。諦めないで『信じて』いれば。私という存在が想像も付かない方向から『光』は差し込んでくるかもしれないではないか?その可能性は限りなく零に近いが、それでも今の私はその微かな希望に縋りたい気持ちだった。『エネ』が私を変えた。だから私は信じよう。『地獄に差す一筋の光明』、その微かな可能性を。■8月14日11:45『実験都市』内『公園脇大通り交差点』マグ俺はその時、この混乱の中で、どちらに進んでいいか分からず、それでも足を動かさずにはいられずに、ただただフラフラと大通りを彷徨う一人の少女の背中を発見した。「――ユノ!」彼女はパッと顔を輝かせ、こちらを振り返ると、すぐに走り寄ってきた。「マグ!」「せめてお前と合流出来て良かった。エネがどこに行ったかは知ってるか?」「ううん。一応、あの警報の後すぐに家に行ったみたんだけど……もう出掛けた後みたいだった」「都市の出口に付いての心当たりは……?」「全然……」「だよなあ!ホントどうしてやがるんだ?!一年も暮らしてた筈なのに、何でこの『都市』から外に出る『方法』すら俺たちは知らないんだ!?」「でも、ホントはそこから不自然」「どういう意味だ?ユノ」「何故、私達は『一年前同様に、この都市で暮らし始めたのか』ってそのそもそもの始まりから、考えてみるとおかしい」「確かに……じゃあ、今訪れているのは本当の世界の終わりなんかじゃなくって……この都市に閉じ込められた俺達に対する……」言葉の途中で、小さな公園を中心に発生した小規模な『暴動』に巻き込まれそうになる。その中に『少年や少女』の姿も見えたが、正直、俺もユノを庇いながら、暴動から回避する事だけで精一杯だった。「これからどうする……?!」「分からん!どうすりゃ良いんだ!?今この都市を襲ってるのが『終末』でも、もっとおぞましい『何か』だったとしても――結局『都市への出口』がなけりゃ、俺達には逃げようがねぇ!」「じゃあさ」ユノが手を引き、大通りの真ん中で俺たちの足は止まった。「最期までパニックで落ち着かないままなんて、止めようよ」「ユノ……」「私たちは『三人組』だったから。言う機会なんて、一生ないんだろうな、って想ってた。でも、今なら『エネ』も許してくれるよね……。私、頭良くて機転が効いて、話も面白いマグの事……『男の子として』案外嫌いじゃなかったよ」「そういう時くらい、素直に『好き』と言って欲しいんだが」二人の間をを仄かなくすり、という微笑が満たし――。――そして、次の瞬きの瞬間には、彼らの至近距離で逃れようのない、頭でっかちの白衣の科学者により投げ込まれた、『死の渦』が展開する。「ユノっ!」「マグ!」お互いを庇い合うように立つ二人の目の前で、構成された球形の『渦』は一瞬収束し、次の瞬間、超高速で膨張、一瞬で二人を爆煙と死の風の刃に晒し、彼らの身体をバラバラの鋭利な断面の肉片に切り刻み、その肉片を更に爆炎が燃やし尽くした。『ユノ』と『マグ』という二人の人造人間が存在した証拠等、『現実』には一欠片も残りはしなかった。ただ肉眼では視認できない、二人の『魂』だけが、その哀しき『悲鳴』と共に、その場に残響するように漂っているだけだった。■8月14日11:43『実験都市』内『交差点脇公園』ヒビヤとヒヨリ俺には何もかもが訳が分からない事ばっかりだったが、誰であろうとヒヨリを虐める奴は許せなかった。俺が例え殺されるとしても、俺が人を殺すとしても、ヒヨリは俺に守らねなければならない。そんな強迫観念にも似た想いが俺を衝動的に衝き動かしていた。誰がどんな『想い』で始めてしまったのか。『公園』を中心とした小規模な『暴動』は徐々にその範囲を拡大する。『終末』まで後、二十分を切っている事が人々の『理性』を崩壊させたのか。俺に取って、一番の問題点はその『暴動』の中心点が俺とヒヨリ――いや、より正確に言えば『ヒヨリ』であるらしいと言う事だ。暴動に参加しているのは、『男性』ばかりである。『終末』に際し、『少年少女の男女ペア』で行動する俺達が妬ましかったのか、最後の最後にヒヨリに『ペドフィリア的』欲情をぶつけたかったのかは知らないが、特に後者は許す訳にはいかなかった。しかし、余りにも多勢に無勢だった。俺とヒヨリは『下衆な男共』の間で揉みくちゃにされ、ヒヨリは衣服を剥ぎ取られそうになった。その様を見た時、俺の脳味噌の中のヒューズがぶちりと切れた。蹴りで目の前の男の性器を潰し、ヒヨリの服に手を掛けている男の目を容赦なく潰す。俺は動物的本能により、この『逆境』を打破する『条件』を見抜いた。『俺と男共』の戦力差は圧倒的――ならばそれを覆すには、俺が『禁じ手』を使いまくるしかない。俺は最早何の躊躇をする事もなく、男達の急所を潰し、目に指を突き刺し、首を折れるんじゃないかって位の勢いで手刀で叩いた。かなり乱雑な動作を繰り返しながらも、俺の意識は案外『冷徹』に『冴えて』いて、(何だ、これが俺の『特異性』かあ……)頭の中で誰かが言った。男共を十数名程『片す』と『道』が見えた。俺は素早くぐったりとしたヒヨリを抱えると、その『道』を突っ走る。公園の先をしばらく行くと、庭付きの一軒家が見えたので、俺は追ってくる男共を何とか振り切りつつ、玄関に入り鍵を閉め、ドアチェーンを掛けた。男共がすぐにでも『窓』を破って家に入り込んでくる事を俺は予期したが――。――その前にドアの隙間から目が見えなくなる程の『閃光』が襲ってきて、俺の意識は『暗転』した。■8月14日12:10『実験都市』内神父エヴァンス民衆は愚鈍だ、と『実験都市』内で神父として『監督役』を仰せつかったエヴァンスは考えるようになった。エヴァンスに貼られた『神父』という役割設定のレッテルだけで、訪れる『人造人間』達はエヴァンスの事を『心の優しい好人物』と思い込む。大したモルモットぶりだった。そんなのだから、『お前たち』は『殺される側』なのだ、と『真相』を知る『白衣の科学者の中堅』である神父エヴァンスはいつだって内心ほくそ笑んでいた。そんな『外道』の彼は今、崩壊した『実験都市』内を駆けていた。毎度毎度、何故私は『使い走り』のような事をしなければならないのか……と正直エヴァンスは溜息を吐きたくなるような心境だった。それもこれも、バイスの奴が突如企画した『第二実験』とやらのお陰だ。どうやら『終末実験』最中に、埒外の『怒りの感情数値』を計測した個体がいたとかで、その精神のコピーを『可能性世界』とやらで取る事にしたらしい。イマイチ『科学研究』全般にそこまで深い知識を持っている訳ではないエヴァンスはバイスの言っている事が完全に把握出来た訳ではなかったのだが、彼は『第二実験』そのものには、『白衣の科学者』らしい下卑た期待を感じてはいたのだ。エヴァンスが不満に想っていたのは、『高い身体能力』を買われ、『白衣の科学者』の中堅にまで上り詰めた彼が、『実験都市』内のk-07の『死角』にいた為に『距離が一番近い』という理由で、その『実験個体』の回収を命じられたからである。まあ、『重要な実験個体』を下っ端に任せる訳にはいかないという文言が付してあったからこそ、エヴァンスもその命令に応じようという気になったのだが。都市は全体的に焼け焦げ『屋外』にいた『人造人間』達の存命はほぼ『不可能』と考えて良いだろう。『死角』もしくは、『屋内』に逃げ込んだ『人造人間』は生存の可能性があるが、そもそもパニック状況に陥った時、人は『外に出たがる』物である。仮に生き残っている個体がいるとしても、今は『気絶』しているか、ほとんど『虫の息』のような状態であろう。エヴァンスはポイントに辿り着く。そこは庭付きの一軒家であり、奇跡的に爆弾の傷跡が薄い。玄関を開けてみると、果たして十代前半の少年と少女が、そこに仲良く寝転がり気絶していた。「コイツらなのか……」エヴァンスは軽い驚きを隠せない。ここまでの年若さで『人造人間中最高の感情数値』を弾き出すとは……この少年はどれほどの『狂気』をその身の内に抱えている事だろう?勿論、エヴァンスは『少年と少女』の間にある『絆』なんて可能性には想いを馳せない。指令にあったのは、少年だけではなく、少女もセットでの回収である。エヴァンスは両肩に二人を軽々と担ぎ上げると、『実験都市』内を疾走し、『白衣の科学者の研究施設』へと急いだ。――『研究施設最奥』で、密かに実験はスタートする。EB5757、『あの目』と呼ばれる人造人間はその『能力』を発動し、『可能性世界』の中へと、ヒビヤとヒヨリの意識を切り離す。そうして終わる事のない、無限に続くかのような二人の『水色の悪夢』の円環が始まった――。■『メカクシ団集結/最悪の誤算』作戦から16年前、まだ『メカクシ団』が前身の『聖マリア孤児院』だった頃、そこには院長であり、『白衣の科学者』であったルリと、引き取られた二人の孤児――キドとカノしかいなかった。作戦から8年前、焼け落ちた山村から『ジャン』という黒髪の少年が救出された。この頃には『白衣の科学者へのカウンター』としての『互助集団』、『メカクシ団』が実際に始動し始め、ジャンの事は『メカクシ団団長』になったキドが救出した。作戦から6年前、黒髪の少年、ジャンの初任務として、長い間、森にある家に引きこもっているという『少女』を『保護』する為に彼を派遣。森にいたのは何と『メドゥーサの末裔』であった。マリーという少女はこの時、『メカクシ団』に『仮入団』した。作戦から2年前、『ある少女の死』から『人の笑顔の裏側に隠された悲哀』を知る青年、トガが、『誰かを救う事を手伝いたい』と、『メカクシ団』の門戸と自ら叩いた。作戦から2週間前、『メカクシ団の最大任務=メカクシコード』を目前とし、『仮入団』していたマリーを、キドとジャンの二人で迎えに行った。笑顔で出迎えてくれたマリーには申し訳ないが彼女の『石化』の力はきっと、『メカクシ団』の『欠かせない戦力』となる事だろう。そして作戦から一日前の8月14日の11:45――。『聖マリア孤児院』を改造した『メカクシ団本部』にて、『メカクシ団』の『発起人』であり『ブレイン』――ルリが嘔吐を必死に堪えながら、頬を涙で濡らしている。隣では悔しさに唇を噛み締め、ぶるぶると震えている『メカクシ団団長』キドが立っていた。「何てことなの――」何度目になるか分からない、そんな言葉をルリは口にした。情報の入手は完璧だった筈だ。実際の『実験都市』の管理情報からしても自明――『終末実験』は『8月15日』に行われる――『筈』――だった。もう充分に分かっていた筈なのに――それでもルリは何処かで『白衣の科学者』の首領『ヘッドノック』の事を甘く見ていたかもしれない、と感じた。『ヘッドノック』の発想には『最低』に『最悪』の想像を更に重ねて、『想定』しなければいけなかった。彼は『想像を絶する悪意』により、『人の正しい計算』を覆す。ルリは失敗した――。