千代が折れる形で、両家が顔合わせする段階にまでこぎつけた。
ただひとつどうしても千代がマサの両親に譲れない条件は
ALIが出産の間は大学を休学し、その後きちんと復学して卒業することに協力する
というものだった。
マサの元来の無口さは
娘をしぶしぶ嫁に出すというのにという千代の気持ちを不快にさせたが
マサの両親は千代と仁にひどく気を使い、本来ならばマサが言わなければならない
≪一生娘さんを大事にします≫という約束を彼らは息子の代わりに何度も口にした。
仁とマサの父親は、同じ経営者同士、政治や経済などこ難しい話で盛り上がり
千代は結婚が決まった以上は娘のために頭を深々と下げ
マサの母親に
「何も出来ない娘ですのでどうかそちらで教育してやって下さい」
と繰り返しお願いしていた。
家を出る最後の日
ALIは寂しそうに見送る千代の姿に、少しだけ不安を覚えた。
こんな勝手なことをして、きっといつか罰が下る。
マサとは結婚式も指輪も何もない、婚姻届を出すだけの結婚だった。
マサの父親はお金はこっちで出すからと言ったが
マサはかたくなにそれを断り
ALIも仁が父親面して結婚式を仕切るのかと思うと色々問題が起きそうな気がしたので、断った。
マサとALIはいつか子供が大きくなったら三人で写真だけでも撮ろうねと約束していたので
その夢だけで充分幸せを感じていた。
同居生活は、嫁と姑、何かといさかいがあると聞いていたが
マサの母親はALIを本当の娘のようにかわいがり
食事の支度から家事全般をひとつひとつ丁寧に教えてくれた。
「ALIちゃんが来てくれて、初めて私たちは普通の家族になれた気がする。」
いつもそう感謝され
優しく接するマサの母親をALIも本当の母親以上に大切に思うようになった。
編み物を教えてくれたのも彼女で、おくるみや小さな靴下を編んだり
生まれてくる子供のため私たちは毎日のように買い物へと出かけ、出産に備えた。
毎日が平凡に過ぎていく。
嫁ぎ先で大切に扱われ
初めて自分の存在価値を手に入れることができたと思い始めたそんな時期。
マサだけが、この家族から浮いていた。
慣れない早起きに
父親と職場でも家庭でも四六時中顔を合わさなければならないストレス。
狂った金銭感覚もそう簡単には治らず
彼は自分の給料のうち生活費として6万だけをALIに差し出すと
後は好き勝手に使ってしまっていた。
足りなければ、また父親からのお小遣い。
彼は父親に反抗心を抱えつつも
結局は父親なしでは生きていけないそんなジレンマに苦しんでいた。
彼の父親は息子を溺愛するがゆえに、叱り方がわからないようだったし
母親も距離の取り方がわからず、遠慮しているところがあった。
誰も波風を立てたくないがゆえに
マサの好き勝手を眺めることしかできなかった。
いつしかマサは、ALIに対して暴言を吐くようになった。
胎動さえも気味が悪いと言って、体にも触れなくなったし
自分が働かなければならなくなったのはALIが子供を産むと言ったからだと
その責任を押し付けた。
ALIは少しでもマサが仕事を頑張れるように弁当を作ったり
寒い朝には靴下を暖めたりと
自分にできる事を精一杯やってみたがどれも逆効果で、弁当はいつもふたも開けないまま返ってきた。
でもきっと、子供が無事に生まれればマサも変わるだろう―――
それだけがALIの妊娠生活を支えていた。
そしてALIはそんなマサの冷たい態度を誰にも言えないまま
幸せな妊婦を演じることしかできなかった。