或る愛のうた~不倫、愛と憎しみの残骸たち~ -2ページ目

或る愛のうた~不倫、愛と憎しみの残骸たち~

不倫、生と死を見つめる、本当にあった壮絶な話

ALIの出産も無事に迎え、子供たちはそれぞれの未来に巣立っていった。

千代は、あとはただ、自分の幸せだけを考えればよくなったのだ。

にもかかわらず、彼女の未来に、自分の意思は存在しなかった。

一緒に住み始めてからの仁の理不尽な暴力、自己愛に満ちた人格

裁判になってから、ますます荒み続ける仁の心、自分への狂人的な態度。

加えて

長い間経過した時間がもたらした老化現象がより二人の絆をもろいものに変えつつあった。

仁の性欲は昔千代を欲したものとは程遠く

代わりに訪れた病気―――糖尿病。

仁の兼ねてからのグルメ志向

また医者や千代のいう事をきかずに

今まで積み重ねてきた暴飲暴食は彼の体を着実に蝕んでいた。

痛風で足先はぱんぱんに膨れ上がり、仁の腎臓は透析寸前にまで症状は進行していた。

仁は焦っていた。

裁判がなかなか進まないことに加え、思うようにならない病気を抱え

千代に見捨てられた後の自分の老後を考えると、夜も満足に眠れなくなったのだ。

仁は健康食品と言われるもの全てに手を出し、あらゆる医者にかかり

狂ったように病気の進行を回避しようと必死になった。

今まで肉体の快楽を共有することでしか、愛を確認してこなかった関係は

仁の病気と性欲の衰退によってもろくもその絆のはかなさを露呈し、仁を焦らせた。

千代は約束した。

仁の焦りが、自分を愛しているからではなくただ老後の心配をしているとわかっていても

どこにも行かないと、生涯あなただけを愛すると、仁に何度も誓った。




       「俺はもうどこにも行くところがないんだぞ!!!」




脅すように仁が当り散らす。


       「お前はいいな!子供や孫の方が俺より大事なんだろう!!!」





捨てられる―――

ありもしない妄想に取り付かれた仁は千代に怒鳴り散らしては暴れることで

その妄想をかき消そうとしていた。

母親が子供を思うのは当たり前の感情なのに、追い詰められた仁にはそれすら許せなかった。

千代は何をされてもただ黙って仁のされるがままになっていた。



      「もし、お前が俺を捨てたら、お前を殺して俺も死ぬ。」





未来を選ぶことはできた。

千代が、こんな男もうどうなったってかまやしないわと全てを失う覚悟で一人になることも。

それとも二人で仲睦まじく老後を迎えることだって。

しかし、仁はおのれの未来しか考えなかった。



      

         「別れたら、お前の子供も孫も皆殺しにするからな!!!」






仁はそう言って包丁をふりかざした。

千代のおだやかな未来は、仁の脅迫によって奪い取られる。

どれだけなだめるように私たちの愛は永遠よ、そう千代が口にしても

この世に千代の愛する対象がある限り、仁にはありえないことだったのだ。


あじさい