第87章    アングラマネー | 或る愛のうた~不倫、愛と憎しみの残骸たち~

或る愛のうた~不倫、愛と憎しみの残骸たち~

不倫、生と死を見つめる、本当にあった壮絶な話

仁は雪枝からの答弁書と

それに添付されてきた求釈明に書かれた自分や千代の資産内容の開示について

念入りに弁護士と打ち合わせをした。

雪枝が自分や千代を逆に訴えてくるのではないか、仁は不安にかられていた。

弁護士と相談した結果



1、仁の婚姻後の収入を支給先、受領年月日を明示した上すべて明らかにせよ

←自分よりも会社の経理を担当していた雪枝の方が詳しいはずである

2、石坂千代に対して過去18年、仁ならびに水崎工業、また関連会社より支給された

  金員、不動産、ほか家賃、給与の名目を問わずその内容を明らかにせよ

←上に同じ

3、現在の仁、石坂千代ならびに石坂千代の子ALIの資産内容を明らかにせよ

←彼女らの資産は全く本件離婚訴訟と関係がない、それに自分の知るところではない



という何の答えにもなっていない釈明を用意した。

自分名義の資産については、この裁判の争点である財産分与に関係するので

そちらの求めに応じ開示するが、彼の財産はいわば負の財産の方が大きく

夫婦ならばそれも分け合うべきだという脅し文句まで付け足した。

離婚原因を争うのか

また離婚原因は雪枝のセックスレスであることを認めたうえで

財産関係の主張を争点にするのか明らかにしてほしいと述べ

千代との不倫関係は夫婦破綻により生じたものだという言い分を変えることはなかった。

石坂千代と裸で寝ていたことを目撃したというのも

千代の子供、ましてやもう分別のつく年頃のALIもひとつ屋根の下にいたというのに

常識ではありえないことではないかと反論。

彼の言う常識が何なのか、詳しく聞きたい気もするが

とにかく子供が起きているような時間帯に、裸で、ましてや修羅場になるなどとは

常識では考えられることでない、という事らしい。

全ては雪枝が財産分与を自分に優位に運ぶための邪推で

夫婦がセックスレスに至った原因について事こまかく描写した。

彼女から性行為を求められたことはただの一度もない。

風呂に入って綺麗にしたからだめ、今日は寒いからだめ、今日は疲れているからだめ

こんな時間から何を言っているの、今週に入ってから何回するつもりか、

何にでも理由をつけ、侮蔑した笑いを含み断るので自分は相当傷ついた。

家庭内別居に至る頃には、体を使った性行為はなく、手ですませるかそれが嫌なら何もしない

という態度であった。

仁の争点はとにもかくにもセックスのみ

準備書面の8割は、性に関することで埋められた。








仁にとって大事なのは、自宅を手に入れることであって

雪枝に負わせた心の傷、千代との18年に渡る愛の歴史などはどうでもいい事であった。

恥も罪悪感も失った男は

その1点でもって妻を責めることしかできないのだろう。

これ以上お互いに恥を晒したくなければ、さっさと自宅を明け渡せ

セックスが羅列されたその書面はそう物語っているような感じさえ受ける。

これに対し

雪枝からの応答は

話し合うことすら無駄と言わんばかりに≪一切否認≫の4文字だけであった。

確かに、明らかに嘘にまみれた調書をひとつひとつ否認していくよりは

夫婦の財産を明らかにし、これから先どう分けるかを話し合った方が建設的だ。

雪枝の情報開示要求はさらに続く。

不動産だけではなく

ゴルフの会員権、預貯金や有価証券、趣味である骨董や絵画

また余裕のある時は必ずプラチナのインゴットを購入していたはずなので

その内容を明らかにしろ、と。

さらに会社の経理を担当していた自分でも知り得ない、

自分の関知しないところで何らかの副収入があったはずだと突きつけた。






副収入・・・

それは、いわば脱税で手に入れた裏金の存在ではないかと推測される。

仁は、架空の人件費、架空の家賃

また架空の会社を仕入先にし、雪枝の目すらごまかし金を手に入れていたのではないか。

どれくらいの金額で、またどれほど長期に渡ってその表に出ない金を得ていたかは

仁のみが知ることであり、それらを全て千代に渡していたかと言えばそうではない。

千代が仁からもらっていたのは、当初約束通りの20万のみでそれ以上でも以下でもなく

また宝石類はそれらの金から捻出していたのかもしれないが

千代も仁の経済状況を、また資産状況に至っても把握していない。

普通の夫婦ならば、プレゼントひとつひとつに「あなたこんなお金どうしたの?」

という会話が成り立つだろうが、そんな事をいちいち尋ねる愛人などいないのだ。






女たちの知らない金、

が確かに仁には存在していた。

あじさい