雪枝の発した「ドロボウ猫!」という言葉は
今の二人の関係が、不倫以外何者でもないという事実を
千代に認めさせざるを得ない発言だったからだ。
千代の中で、本妻との離婚は単なる仁と千代の愛の障害でしかなく
仁が解決すべきもので自分には関係のない世界の出来事だった。
自分にできるのは、その日がくるのを待って、ただ仁を愛していくことだけ。
そんな信念のもとに続けてこられた関係だった。
それが婚約者どころか、ただの日陰の身、あるいは仁との共犯者という現実に
怒る本妻を目の前にして、今までの考えの甘さに初めて気づいたのだった。
私たちは、私たちだけという単位で考えてはいけなかったのだ。
切り離して考えてはいけないものがあるという事
甘い愛の夢から覚めた千代は
自分のしていることの恐ろしさに身が震える想いだった。
「私たち、別れましょう。」
千代は、あの日の雪枝の恨みがましい目が脳裏に焼きついて離れなかった。
そして、彼女の腹の底からふりしぼるような叫び声も。
こんな状況でのんきに離婚を待つ程千代は傲慢な愛人にはなりきれなかった。
「あなたが離婚したら、迎えに来てください。
待っていますから。」
千代は、泣きながらそう仁に伝えた。
あの時、なすすべもなく本妻に連れて行かれた仁の姿。
連れて行かれたのか?あれは仁の本当の心の中の願望なんじゃないだろうか?
口でどれだけ愛してると言ったって
結局帰る場所は雪枝さんのところだと、仁はどこかで自覚していたんじゃないだろうか?
「もし、雪枝さんとやり直していくつもりなら私はそれでも構いませんから。」
それが、本妻に乗り込まれた愛人の出した結論だった。
しかし、間の悪いことに。
千代が10年近い、仁との夢物語にやっと終止符を打とうと決断したところに
とんでもない人物が、事態を急転させることになる。