雪枝の闘争心に初めて火が付けられた、その日。
ALIの家では、優雅に焼肉パーティーが行われていた。新居に移ってしばらくした頃。
パパは、いつもより機嫌がよく今夜は珍しくウチに泊ると言った。
ALIは早々に、夕飯を終えると、いつものように自室に入り勉強をしていた夜の10時。
それは突然、起こった。
バンっと、戸をたたき割るような音。
階下のビデオ店が閉まる深夜12時まで
店長である千代が呼び出されることがしょっちゅうあり
たいてい仁が自宅へ戻るのもその時間なので
その時に家と店を同時に戸締りをする習慣のついていた千代は
家の鍵を閉めてはいなかったのだ。
誰かが入ってきたことは、玄関のすぐ隣が自室となっていたALIにはすぐに分かった。
そして、その音のすぐ後
音の方向に目をやったと同時にALIの部屋のドアが開けられた。
「おかあさんたち、どこ?」
目はつり上がり、獣が吠えるような声で、顔も見たことも無い女の人は唐突にそう聞いた。
今まで、赤の他人にここまであからさまに、憎しみのこもったまなざしを向けられたことがあるだろうか。
ALIは突然の出来事に何も言えないまま固まってしまった。
この人は、誰?
まさに般若のようなお面とでも表現しようがない。
固まったALIを上から下までキっとにらみ付けると
その人は身をひるがえし、足早にリビングのドアを開けた。
焼肉の香りが、まだ残るリビングを通り抜けるとその先にあるのは寝室のドア。
鍵の付いているはずのそのドアは、間の悪いことにその日に限って閉まっていなかった。
部屋の中には、雪枝の予想した通りの
いや想像をはるかに上回る修羅場が待ち受けていた。
千代と仁は事の最中で、二人ともあろうことか生まれたままの姿であった。
仁は雪枝に対して背を向けた状態であり
その仁にしがみつくような格好で千代は仁越しに雪枝と目が合った。
その場に刃物でもあれば、いったい誰が誰を刺すことになっていただろう。
「こんなところで、何やってるのよ!!!」
般若は耳まで裂けるほど口をカっと開き、どすどすと近づき仁の首根っこを捕まえた。
千代も仁もさっきまで熱く愛し合っていたことも忘れ、
さっと離れたかと思うと、各々にベッドの回りに散乱した下着を探し始めた。
「ただじゃ済みませんからね!!」
雪枝はそう言うと、下着をはくのもままらない仁をずるずると玄関まで引きずり出した。
「あ・・・いや・・・おまえ・・・これは・・・・・」
さすがの仁も、現場を押さえられては、何の言い訳も思いつかなかったらしい。
されるがまま、無抵抗で口をぱくぱくさせながら仁は雪枝に引っ張り出されていく。
いつも王様ばりのえらそうな態度でALIや千代に命令する仁の姿からはかけ離れていて
裸のまま引きずられるその男は、まるで別人だった。
後を追うようにスリップ姿で、千代は仁の後を追った。
「あなた!!あなた!!」
そんな千代に、雪枝は尚も声を荒げて千代を罵った。
場所は玄関、近隣住人にははっきりと聞こえていたはずだ。
裸の男に、下着姿の女、それに般若。
きっと誰が見ても、これはどういう状況なのか容易に想像がつくだろう程の
あまりに単純で
あまりに滑稽なワンシーンだった。
「このドロボウ猫!!!!」
「淫売!!!」
仁はただしどろもどろになりながら、一触即発状態の二人の女に何の言葉も発することなく
雪枝の言われた通り、千代の家をあとにするほかなかった。
あの夜の
夜のしじまを蹴破るような足音も
母を罵る憎しみのこもった大声も
玄関でただひとり残された母の嗚咽する声も、
ドアから聞き耳を立てていたALIの耳には今も染み付いている。