仁の望むようないい子にはなれなかった。
仁はたびたびカオリという知らない女の子の話をALIの前で口にしていた。
「カオリは美人で、頭が良くて、どこに嫁にやっても恥ずかしくない娘だ。」と。
「カオリは△△女子大に受かったんだ。さすが俺の娘だ。」と。
散々カオリの自慢をした後に、仁は平気で目の前にいるALIをカオリと呼び間違える。
「ははは間違えた、お前はALIだったな。」
その時の千代の何とも言えない気まずそうな顔、ALIの苦笑いする顔に仁は気づかないようだった。
ある夜、千代はALIに静かに話し出した。
それはそれは神妙な面持ちで。
「ALIに話しておかなければならない事があるのよ。」
それは、ALIがもう色々な事情を理解できる年齢だと判断したからなのだろうか。
大人と呼ぶにはまだ程遠い、万引きで摑まってからそう日は経っていないあの夜。
「パパはね、ALIの本当のお父さんではないの。」
ALIの頭の中には、色んな思いがかけめぐり
ずっと解けなかったパズルが解けた時のような爽快感さえ感じられた。
そうか。学校の名簿の父親の欄が空白なわけ。
パパはいるんだもん!そう言っても男の子には信用されずにいじめられたっけ。
そうか。あの日の異常なまでの暴力も、ALIにお土産を買ってこないことも。
そうか。カオリが本当の娘で、ALIは違うから自慢しないんだ。
そうか、そうか、そうだったんだ・・・・
「だからね、ALIがいい子でいてくれないと困るのよ。」
千代の声は、涙で震えていた。
「ママがパパとお付き合いしようと思ったのは、ALIがパパが欲しいって言ったからなの。」
過去の自分など、他人と同じ。
どれだけALIが父親を望んだと言って、それだけの理由で?
それだけの理由で、ママはいつも影で泣いて、背中にはアザがあって。
それだけの理由で、ALIはこんなにどうしようもなく寂しいのに?
父親だと言ったって、ALIの友達の名前ひとつ言えないじゃないか!!
ALIにはなんの関心もないじゃないか!!
今のALIの気持ちがどうなのかを聞く余裕は千代にはなかったようだ。
「小さい時のALIは本当にかわいらしかった。
どこに行くにもパパ、パパって。
パパもALIのこと本当にかわいがってくれたわ。
だから、あの頃のようにいい子のままでいてくれたらパパもきっとALIをかわいがるわ。」
千代にとっては、それが最善策に思えたのだから仕方がない。
涙ながらに言われては、ALIには返す言葉もなかった。
いい子でなくなった自分を恨めしく思うほか、誰を恨むことが出来よう。
最後に念を押すように、千代はALIに約束と結束を要求してきた。
「でもね、パパにALIには本当のことを言わないで欲しいって言われてるから
今までとおり、何も知らないふりでいてね。」
「パパには、もうひとつ家族がいるの。今はそちらと暮らさなくてはいけないんだけど
いつかは本当の家族になれるんだから、待っていようね。」
仁の口止めはALIを想ってのことではない。
いつの日か爆弾を抱えた連れ子に、憎しみを込めたまなざしで
「お前なんか本当の父親でもないくせに!!!」
「不倫して、私たち親子を騙したくせに!!!」
そう罵られることを恐れたのだ。
そういう切り札をALIには与えたくないだけの自己保身から出る口封じだった。
ALIはその日から、心を持たぬ人形のように仁の前では今まで以上にいい子でいるよう心がけた。
仁の機嫌を損なわないよう、ご機嫌を取ることがALIに課せられた使命。
そうすればママもパパも笑顔でいられるんだ。
お手伝いも、晩酌も、わがままを言わないことも、勉強も。
ALIは出来うる限りの努力で、仁にかわいがられるため必死だった。
もともと、この家には必要のない人間。それどころか邪魔に扱われても文句も言えない人間。
本当の子供でもないのに養ってもらうというのは
そういう事なんだとはっきりと確信した、小学校3年生の秋。