第39章    雪枝の覚悟 | 或る愛のうた~不倫、愛と憎しみの残骸たち~

或る愛のうた~不倫、愛と憎しみの残骸たち~

不倫、生と死を見つめる、本当にあった壮絶な話

仁と雪枝の間には、子供が三人いた。

この夫婦の長女として生まれてきた女の子は、生後まもなく病死。

夫婦はひどく落ち込み、特に仁は、初めて出来た子供の死に毎日むせび泣いた。

その後、一男一女をもうけ、女の子を失った経験のある仁は後に生まれたカオリという娘を溺愛する。

結婚当初はしがないサラリーマンだった仁も、工業製品の部品開発という部門で才能を発揮し

地元でも有数の進学校

また大学進学率が低かった時代にも関わらず理工系の大学で学んだ経験も生かし

独自に開発した部品を武器に、夫婦二人で小さな会社を立ち上げた。

開業当時は、お金もなく、

雪枝の実家には子供の世話から家族4人の食事、住む場所まで面倒を見てもらう日々。

妾の子供というレッテルで、仁の実家には何の援助も受けられなかった複雑な事情から

雪枝の実家は快く彼らの世話を引き受けた。



事業の成功は、仁のたゆまぬ研究心と努力のほかに

妻雪枝の忍耐と協力、そして妻の実家の援助なくしてはありえなかったのだ。




それから追い風に乗った夫婦は、高級住宅街に庭付き一戸建てを購入。

車も、ただ部品を運ぶための軽トラから、国産高級車へ。

子供たちには、質のいい教育をと習い事にも塾にも夫婦は、惜しみなく金をつぎ込んだ。

毎週のように、行楽へ出かける仲の良い家族

毎年のように、海外旅行へ赴く家族

仁の夢見ていたはずの理想の家族像は、彼の手の中に存在した。

だが、それを壊すのも、やはり仁次第。

苦楽を供にしてきたはずの夫婦の絆さえ、千代の肉体を目の前にすると仁にとって二の次になった。

絆も家族も夫婦も、一度築けば、それが永遠に続くものではない。

お互いの思いやりや努力によって継続するものだ、という事が仁にはわからなかったのだろうか?

金銭的に不自由な思いさえさせなければ自分がどこで何をしようと

家族だから、夫婦だから、許されるだろうと甘く考えていたのだろうか?






千代との交際が明るみになった頃

長男のヒロトは高校受験を控え二つ下のカオリは中学生になったばかりだった。

妻の雪枝は何よりも思春期にさしかかった子供たちのことを考え

色恋沙汰の夫婦喧嘩などすべきでないと思い、ただひたすら耐えていた。

自分さえ笑顔でいれば、子供たちの笑顔も守ってやれる、と。

妻としての威厳より、母の愛を優先させた結果だった。

人は誰に対しても正直に生きるべきで、家族間での隠し事などもってのほか。

男としての責任とは、家族を自分が盾になり守ること。

そう、子供たちに教え説いてきたのは、誰でもない家長である仁本人。

その父親が愛人との情事に溺れ、その女の子供に自分をパパと呼ばせている現実など

どうあっても子供たちに知られるわけにはいかない。





雪枝は、仁のその熱病のような浮気が冷める日まで耐えようと腹をくくっていた。

母であり続けるのは時に地獄、それは自分が母親ゆえの覚悟。

雪枝は、子供の前でも仁の前でも平穏を心がけ、母親の覚悟を貫いた。

泣きわめいたり、怒り狂って愛人宅に乗り込むことも、彼女はしなかったのだ。





理性的に行動するより、感情にまかせて行動を起した方が、事態が好転することもある。

雪枝が、仁の奇行に気づいた時に何か事を起していれば

その三角関係は一気にバランスを失い、変わっていたかもしれないのに・・・


あじさい