ALIはごく普通に、アダルトビデオやSMの道具が雑然と並ぶ家で育った。
ママが苦痛にしのぶ声、快楽に酔う声を聞きながら眠りについていたので
ある時期まではそれが普通の家庭であるとも思っていた。
仁は、ALIがもの心つくようになってからは当然に「邪魔者」扱いするようになったし
「パパ」として甘えさせてもらった記憶だって無い。
本当に小さな時は、旅行にも一緒に連れて行ってもらっていたようだが
それも写真の中で笑う幼い自分を見てそう思い出す程度。
いつも大人に気を使って、機嫌を伺って、邪魔にならないように早く自分の部屋に行って眠る。
壁を伝って響くのは、聞いてはいけないあの、声。
―――「パパ」がウチにくるのは、ママを抱くため・・・
ALIは決して覗いてはならないし、二人を邪魔してもいけない。
いつからか、素直にそれを受け入れられる子供になっていた。
そんな環境の中でも、社会人としてのモラル、愛情や、感謝の気持ちなんかは
大人になったALIを支える柱として、きちんと存在している。
それは「パパ」のいない時間だけは
ママが全力でALIを愛してくれていたからじゃないかと思う。
―――イイコでいればみんながしあわせ・・・
私たち親子が路頭に迷わなくて済むのは「パパ」のおかげ。
パパは昼夜問わずお仕事をしていて
夜、夕飯を食べてから家を出るときは
「バイバイ」じゃなくて「行ってらっしゃい」と言って送り出さなくちゃいけない。
実際、パパにはもうひとつ私たち以外の家族がいて
そこへ帰っていくのだと知ったのは随分あとになってから。
たくさんの記憶が入り混じってしまって
ALIの中で「パパ」はいつからか本当の父親だと思い込んでいたし
他にも家族がいるなんて、考えたこともなかった。
今思えば、土日にパパが家にいたことなんて、なかったのに・・・
―――パパはおおきなかいしゃのしゃちょーで、じきゅうは3まんえん
ALIはパパにいつもそう言われていた。
だから、ALIの相手は出来ないんだよ、と。
私たちに会いに来るのでさえ、忙しい時間をやりくりしてやっと来れるんだから
パパが少しでも居心地よくその短い時間を過ごせるように、気を使わなければいけない。
たったひとつ、ALIがパパに必要とされるのは、定期的に不安定になるママが別れ話を切り出した時。
パパに頼まれて、ママの喜ぶプレゼントや花束を渡す役。
「別れないで。ALIはパパが必要なの。」そう一言付け加えることも忘れずに、ね。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
仁のついたひとつの嘘。
愛人である石坂千代は、仕事上の付き合いだ、という妻への言い逃れ。
実際に、仁のサイドビジネスであるビデオショップは4店舗目をオープンする準備段階にあった。
仁の支社で、随分同僚にいじめられた千代にとっても「店長」への抜擢は悪い話じゃない。
「お金の心配はいらないよ。
僕の方で用意してあげるから。
形式上、この契約書にサインしてもらえるかな?」
仁に言われるまま、千代はサインした。
店を任される。
今までいてもいなくても変わらない事務のはしくれのような仕事しか出来なかった千代にとって
仁の仕事に直接役に立てるということが千代は嬉しかった。
次、オープンするビデオショップの客層は学生がターゲットだ。
千代とALIは学生の多く住む、アパートが立ち並ぶ町へ引っ越すことになった。